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蕎麦ミステリー街道(2)
神隠し蕎麦屋 第3回
漁港の横の広場に、一般客相手の市場がある。食彩館と言う。中は、新鮮な魚で食事ができる
飲食店が3店舗あるが、中心はなんといっても魚卸しが数店入って、その日上がった鮮度の良い
魚介類が買えるので、近郊からの買い物客で賑わう。特に、土曜、日曜ともなると、
他県からも家族連れが連なり、観光バスも乗りよせて、お祭りのような人出になる。
館内は海産物の他、銘産コーナーがあり、氷見名物の饂飩を中心とした名産品が並んでいる。
中庭には、テントが張られ、春先から10月頃まで、この市場で買った魚、貝類などを、
網焼きで楽しめるようになっていて、夏などは、かなり待たないと入れないようだ。
昨年の連休に完成し、市の観光誘致の目玉商品になっている。
食彩館の計画がスタートした時期から銘産コーナーの権利を巡っては、
高時屋と、海籐屋が激しく争ったと言う話が伝わっている。当初、海籐屋がかなり有利だったが、
蓋を開けてみれば、老舗の高時屋に決まっていて、どこかで逆転劇があったのではないか、
と言われている。
銀一は、河岸の連中から、来てすぐにその話しを聞いていた。
銀一は、2日目に、旅館を引き払って、間借りのような形で、咲の家の近くに住むように
なっていた。昼と、夜は外食。お昼はもんじ屋や、その他の饂飩屋、夜はあちこちに出かけて、
調査を兼ねて楽しむことにしていた。
3日ぶりに、最初の日に入った、居酒屋「中居」に行った。
主人は銀一を目ざとく見つけて、カウンターに入ってきた。
「進んでますか?」銀一のことは何でも知っているようだ。
「僕が、最初に入った時、蕎麦職人だとわかってたみたいだけど、誰から聞いてたの?」
銀一が、訊ねた。
「そうですよね、どんなに勘がいいからって、初めて見て蕎麦職人だとわかるわけないですよね」
主人は、柔和な顔をして言った。
「花岡さんから大体のことを聞いていたんです」
「やっぱりそうか」銀一の想像通りだった。
「あの人の蕎麦教室に通っているんです。
知ったかぶりしてすいませんね。もう少し打てるようになったら、
一杯飲んだあとに蕎麦をだせる、そんなお店にしたいなと、まだまだですが」
「なんだか、花岡さんに見張られているようだな」
「当たりです」愉快そうに笑う。
「神隠しの一件も、顔を見たら、言ってくれと」
「ますます当たりです」
「ところで、聞きたいことがあるんだけど・・もんじ屋の女主人」
「陽子さん?」一瞬怪訝な顔を返した。
「その陽子さん、どんな人なの?」
「どんな人と言われてもね、ま、色々噂はあるけど、本当かどうか、聞きたい?美人だから
気になるでしょう。でも、堅いよー」割合喋りたがり屋である。
そして、主人が、銀一に耳打ちしたのは、陽子のスキャンダルめいた噂話だった。
それは、海籐屋の2代目の愛人だと言うことだった。筆屋の娘が、小さいとはいえ、隣の
店舗ごと買って、饂飩屋なんかできる金が無い。まして、商売もこの10年ほど下降気味である。
そんな根拠が前提となっていたが・・。
「その2代目とは?」
「高校の先輩と後輩の間柄らしいですよ」
「海籐さんが、先輩でしょうね」と、銀一。
「大学は、2人とも上智で、何でも、陽子さんが追いかけていったらしいですが」
「それが結婚できなかった?」
「ま、親同士の問題もあったみたいで・・海籐さんは、屋号ですよ、本名は、土岐 文也さん、
これが、なかなかの人物です」地元では、名士の一人なのだろう。
「上智ね、秀才だね、2人とも。クリスチャンなのかな?」
もんじ屋の店内に流れていたゴスペルを思い出していた。
「そこまでは、どうも」
海籐屋の2代目と、その愛人だと噂のある陽子。そこに咲が絡んできている。
ただ少しずつ、銀一の中では、整理されてはいた。
銀一は、再開店のメニューの構成を始めた。メニューの構成は、客の量、質の分析、それと
立地と土地柄から、入念に考えなければいけない。少ない時間だったが、もんじ屋や他のお店に
時間をずらして行って、それを参考にした。もんじ屋を例に取ると、
お昼、常連客6割、特に11時半から12時半は、ほぼそれで占められていた。12時半から
の客は、近隣からのビジネス客、観光客が4対6くらいの割合だった。
時間は、お昼3時半まで。夜の営業は、5時から8時半までとなっている。
ただ、今はシーズンオフだが、オンシーズンだと、観光客が5割を占めると言う。
氷見饂飩の効果はかなり高いのである。
氷見饂飩専門店は、3店あり、郊外店は、観光客に依存。老舗のもう1店は、その中間に位置
して、
住み分けは、うまく行っている感じだ。これでもう1店できたらおそらく人口比から、戦争
のような食い合いになるだろう。
一方、新開店時の十字屋は、スタート時は、蕎麦だけだったのだが、多分3ヶ月くらいから
苦しくなってきたのだろう。氷見饂飩を平行してメニューに加えている。それも、咲の前の
会社ではなく、ライバルだった高時屋のものである。辞めた会社のものは使いづらかったのか、
ただ、客には、その微細な違いはわからないが。
銀一は、咲を説得して、饂飩をやめて、蕎麦だけの店にするようにした。
この2,3日、氷見近郊の観光旅館に、咲が、十字屋の宣伝に走っていた。元営業だから、
それは生き生きして、水を得た魚を地で行っていた。咲のフアンも多いのだ。
越中蕎麦がうたい文句だった。皆が初めて聞く蕎麦だった。
「越中は、ぶっかけ蕎麦です」なるべくわかりやすくした。越前のおろし蕎麦のイメージに近い
ものにし、経営者が地元の人間だから、長い目で見てこの地に育てられる店になる、そんな
宣言なのである。
銀一は、花越中、舟越中、天越中の品揃えを考案。観光客の量を増やすことに主眼をおいた。
銀一の考え方は、蕎麦と、饂飩は本来競合しない、との前提がある。勿論、食べ物だから
胃袋の容量ではクロスオーバーするのは仕方が無いのである。
再開店は、静かな出足であった。静かではあったが、銀一の狙い通り、開店時間帯に万遍なく、
客が入った。蕎麦の客の厚みが多分増すだろうと思った。観光旅行客も珍しそうに来店した。
咲の販促が効いていた。土曜、日曜は、近隣からの客で並ぶこともあった。
そばの中で人気は、舟越中である。これは、皿に盛られた蕎麦の上に、センターに岩牡蠣、
この牡蠣は最近築地からかなりの引き合いがある甘海水をたっぷり含んでいた。周りに白身魚、
白えび、中トロ、生たこなどで囲み、数種の地ものの薬味などがたっぷり添えてある。
そこに地元の醤油で作った、思い切り冷たい甘汁で浸す。魚料理に合うよう何十年もかけて
地に育った醤油だから、特に舟越中に合っていた。これは、季節によって、素材に変化を
持たせていくのである。
再開店から2週間たった。明日月曜は休みである。11時頃、片付けのお手伝いさんが帰った
後で、銀一と咲が向かい合っていた。
銀一は、咲に対して、年間の集客予想を分析して、その対策をメモしたものを渡した。
3ヶ月後には、必ず客が落ちること、それは今回も例外ではない。12月の暮れの客層
が違うから、必ず会社関係に声をかけること。正月の反動の2月の客の減少などを説明し、
それらの対策の具体的なメニューを見せた。店主は、一年に必ず浮き沈みがあることを
予め予想し、あわててはいけない。そんなことを咲にアドバイスした。
特に、将来的には、花岡たちと蕎麦教室や、イベントなどを開催し、蕎麦好きの客層を広げ、
オピニオンリーダーを作っていくなど、市の観光産業とも一緒になって蕎麦のフアンを、
増やしていくことなどの、念を押した。、
銀一の蕎麦にかける情熱が、咲にも伝わったようだ。
「もう少し、したら僕は出て行きます」咲の体が揺れた。
「多分、高橋さん、帰ってきます」高橋とは、蕎麦職人のことだ。
「あんた、いるとこ知っとるがね」
「いや知りませんが、多分、明日ある人に聞けば、わかると思います」銀一は自信に満ちていた。
「それは、誰やろうか?」咲が目の中で、色々な人間を、追いかけていた。
「その代わり、咲さんに本当のことを聞きたいんです。
それを聞かないと、彼は戻ってこないかもしれない・・」
・・神隠し・・もんじ屋・・十字屋・・饂飩屋・・クリスチャン・・同級生
一本の線でつながろうとしていた。
咲の深い溜息が流れた。天窓の十字架が、店を支配していた。
第3回 終わり
次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
団体も架空のものです。
2005.08.27
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