蕎麦ミステリー街道(5)・赤い蕎麦花 最終回 



  赤い蕎麦花 最終回       作 夢八

  

  今日は、長野に向かう。もう10月の下旬だ。新蕎麦が出揃う時期になっている。
  朝、目が覚めると、横にいた美樹はもう出かけていた。昨日、美樹から、そっと起きて出て行く
  から、声を掛けないでと言われていた。また、これからも会うのだから、そうして欲しいと
  言われていたのだ。
  ホテルで目覚める朝は、けだるい空気があって、銀一はあまり好きではなかった。
  それにしても、昨晩の美樹は情熱的だった。あんなにも女は乱れるものなのかと、
  銀一は、男と女の体の違いに驚いてしまう。
  ホテルをここに移してから、毎晩お互いの体を忘れないように愛し合っていた。
  美樹の体は、日に日に皮膚にほてりが出るようだった。熱があるの
  ではないかと銀一は聞くのだが、銀一のからだの方がもっと熱いという。お互いの熱が
  移るのだろうか。毎日抱かれたいと美樹が言う。抱かれている最中にも美樹はそう言って
  泣くのだ。嬉しいのか、辛いのか、美樹もわからなくなって、気が狂いそうになるという。
  このまま、一人にして置くのは、銀一も辛くなってきていた。銀一も美樹の体から離れる
  自信がなくなってきていた。  
  体が美樹を求めているようなところがあって、頭は長野に向かっているのだが、体が
  拒んでしまっている。こんな感じは初めてで、出来たら美樹とこのままいられたらと、
  その思いが脳裏に繰り返し走る。
          
  銀一は、一旦ホテルを出て、玄屋に向かっていた。玄屋は定休日である。
  店の前に立ち止まる。前橋の名店としてその建築に風格さえ漂っている。
  観光客が、定休も知らずに来て、遠巻きにして、残念そうに見ている。
  裏口付近に、自転車が停まっているので、ノブに手を掛けるとドアが開いた。
  多分休みでも靖男が来ているのではないかと思っていたがそのとおりだった。
  そのまま厨房の灯りの方に人影があったので進んだ。
  「やあ、銀一さん」
  靖男がいた。彼も、銀一が来るのを予想していたかのようだ。
  「だしですか?」
  「だしを3通りくらい作って、試しているんだ」
  三つの鍋が、火にかかって、そのうちの二つは、すでに消えていた。
  「本枯れのかつおを厚削りにして、だしの出具合をみてるんだ。時間じゃないようだよ」
  「そうですか、そのつど、確認は舌ですか?」
  「そうなんだ。どうも、タイミングもあるようだ」
  靖男はもう立ち直ったようだった。
  「銀一さんや、美樹さんのおかげで、やり直せる気になったよ」
  声も以前の靖男とは違っていた。何か吹っ切れたものがあった。
  「美咲さんとは・・」一番気になっていた事を聞いた。
  「本当に今回は皆さんにお世話になって、申し訳ないのだが、今月一杯で、玄屋を出て、
  もう一度修業に出るよ」
  「それは、玄屋を・・」
  「そうなんだ。美咲とも別れようと思っている。まだ、美咲には言ってないのだが」
  鍋からだしをすくって、味を見ている。
  「銀一さんの好意を無駄にしてしまった」
  「大変な決心ですね・・」
  「このままいると、駄目になりそうだ。俺がもっと強かったら、美咲は浮気なんかしなかった
  だろうし、浮気をされるのは、もう心が離れてたという事だしな。
  俺だってそんな馬鹿じゃないから、美咲が浮気をしてるんじゃないかとは思っていた。
  男と女は、体だけでも、気持ちだけでも駄目なんだな・・」
  銀一と、美樹の事を言われているようだった。・・俺達はどうなんだろうか・・
  美樹の体が好きなのか、心が好きなのか、よく判らなくなっていた。
  「ちょっと蕎麦を打てるからといい気になって、婿に入って、店の大きさに負けてしまって、
  弱いな・・。譲吉さんの期待にも応えられなかった。銀一さんの真似じゃないけど、
  旅に出てもっと強くならないと」
  「僕は、親父に言われて・・そんなに強くはありません」
  「いや、目でわかったよ。いつも何かを探してるよ。甘えすぎてた・・美咲だって
  いやになったんだろう」
  「僕は、余計な事をしたんでしょうか・・」
  「そんな事はないよ。あのままだったらもっと駄目な男になっていたな。
  女房の不倫にも気づかない阿呆な男と言われて。反対に離婚されてたな」
  美樹と一緒にした事は、結果的には、美咲と靖男の離婚につながってしまった。
  男と女は、一度結ばれたら胸の深いところで、繋がっていると思っていたが、
  それは銀一の錯覚なのだろうか。
  一旦離れたものは、もう繋がらないものなのだろうか。美樹と銀一も、遠く離れてしまったら
  いつか心は元に戻らなくなってしまうのだろうか。
  東京に行くと言う、靖男に別れを告げて、また再会の約束をして、玄屋を後にした。

  ホテルに戻って、荷物を、部屋に取りに帰った。
  美樹の滞在の部屋は、銀一と美樹の愛したベッドもきれいにメイキングもされ、
  二人の体臭も消えていた。しかし、部屋の隅にブルガリのかすかな香りが漂っていた。
  美樹が一度戻ってきたのだろう。
  テーブルの上にメモが残されていた。湯沢と同じだった。
  
  ・私をバッグに入れて、連れてって・ 書かれている中味は違っていた。
  サイドカウンターに見慣れない新しい大きなバッグがあった。美樹が買ってくれたのだろう。
  中を開くと、荷物が整理されて、新しい下着などが入っていた。バッグの開きポケットに
  ブルガリの香水瓶が、入っていた。
  ・・これだと、毎日美樹のこと思い出すな・・
  バッグの底のほうの袋を取り出して、そのメモの上に袋からとりだしたものを置いた。
  長野の箕輪で、貰ってきた蕎麦の赤い花の押し花だった。
  美樹の指先から銀一の胸の奥に咲いた、赤い蕎麦花だった。
  ・・こんなもの置いたら、もっと危険な事になるかな・・
  ホテルから出て、乗り捨てのレンターカーで、長野に向かった。
  
  蕎麦の赤い花は、男と女を幸せにするのだろうか、それとも不幸にするのだろうか。
  その場所に、また銀一は向かうのだ。
  
 銀一流れ修行旅 完

 銀一流れ修行旅、ご愛読いただきありがとうございました。
 この5話をもちまして、ひとまずこのシリーズは終了となります。
 自作は、1月後に一話完結のものを出す予定です
2006.05.05

 /

COPYRIGHT 2006 YUMEHACHI ALL RIGHTS RESERVED


  

[PR]横浜で超魅力価格の記念写真を:記念写真が大人気、結婚写真、成人式写真