蕎麦ミステリー街道(5)・赤い蕎麦花 第8回 



  赤い蕎麦花 第8回       作 夢八

  「銀一さん、恩に着るよ」譲吉は、銀一を自宅に呼んで、深々と頭を下げた。
  譲吉が用意したのだろう、地酒と、蕎麦味噌、野菜の煮物が用意されていた。
  「いえ、僕は、特別何にも・・」
  「いや、美咲から聞いた。あれも今回だけは懲りただろう。
  双子の兄弟は、性格は似るというが、男を見る目は違ったのかどうか、美咲は男にだらしが
  ないところがある。そんな事してると、この店は貴美に継がせると言ったんだ」
  美咲は、何もかも譲吉に告白したようだ。やはり親なのだ。美咲のことを許したようだ。
  「あんたと、美樹がうまくやってくれたんだな。美咲は暫く俺が預かる事にした」
  譲吉は、銀一と美樹が仕組んだ事を薄々感づいているようだった。
  「美樹さん大変だったようです・・」
  「靖男も、人が変ったように蕎麦を打ってる。元々群馬でも蕎麦打ち上手だと言われてたし、
  あれで熱心に蕎麦の産地にでも通ってくれたら鬼に金棒だな」
   銀一が、譲吉に酒を注ぐ。
  「美咲さんとは、どうなんですか?」
  「あれも、文句は言えんからね。岡田と浮気しとったんだから、
  これから時間を掛けて、やり直すしかないない」
  譲吉がうまそうに飲む。貴娘という地酒だった。
  「岡田さんとは?」
  「そうだな、岡田は、俺のところに挨拶に来たが、もう2年修行に入るんだが、一年したら
  暖簾わけしてやろうと、そう言った」
  どうやら、譲吉は、岡田には今回の件を全く知らない風にしていたようだ。岡田が、もう一回
  他の店の飯を食べたいから辞めるとの理由を、譲吉は信用する形にしたのだ。
  「岡田さん喜んだでしょう」
  「ま、あれも可愛い弟子だし、腕は一級品だ。男だから、女にも迷うわさ。
   それが良い女だったらなおさらだな。俺だって昔は散々だった」
  銀一も迷っているのかもしれなかった。美樹とは自分はどうなのか?男としての迷いだけ
  なのだろうか、ただ美樹の場合は、どこか透明な関係で繋がっているような気がしていた。  
  「後は、靖男さん達が元に戻れば」
  「男と女は、何がどうなってるのか。この年になっても色恋はわからん」
  「蕎麦より難しいです」
  銀一も酒を含む。ことのほかずっしりした酒だ。水のよい地には、深い酒が生まれるのだろう。
  「そうか、ところで、美樹とはどうなんだ」
  「まだ、水回し程度かと・・」銀一の愛嬌だ。
  「うまいこと言うな、銀一さん、まだ捏ねには入ってないのか?
  兄貴の所に出した娘なんだけど、自分の娘だから気になるのは同じだな」
  美樹とは、男と女の関係ではないと装ってはいたが、譲吉にはもう見抜かれて
  いるとは思っていた。
  「美樹さん、自宅で、お花の教室始められました。今、前橋で、その教室が出来る物件探して
  いて、本格的なイベントや、アレンジメントが出来る人を育てる学校始めるそうです」
  「兄貴の後押しがあるから流行るだろうな。もう少し早く始めればよかったのにな。
  だとすると、当分結婚は無理だな。銀一さんみたいな男と、うちの娘のどっちかと、
  一緒になってくれるとな、いかん、いかん・・親が出るとろくなことにならんな。
  美咲で懲りた」 
  「僕は、あと、5店修業の身なので、まだ、まだ・・」
  「銀一さんの蕎麦打ち見せてもらったけど、もううちは卒業だ。あとは、だし、だな。これは、
  名人がいてな。長野に狩野庵というのがある、そこの親父さんとは兄弟のような
  もので、そこを紹介しよう。長野だと近いから、ま、時々遊びにも来れるからな。これを機会に
  親戚付き合いしてほしくてな。高見庵さんにも昨日礼状出しておいた」
  譲吉から長野の狩野庵の人柄や連絡先を聞いて、譲吉の家を辞した。
  
  銀一は、宿を前橋市内のシティホテルに移していた。
  このところ、美樹が教室の場所探しに、前橋に常駐しているので、美樹もそのホテルに宿泊
  していて、勝手に美樹が銀一の部屋を手配していたのだ。
  「明日から、銀一さん長野か。長野だと私いつでも行けるな・・、あ、厭な顔した」
  ホテルの地下のバーで、二人ともジンのロック。客はいない。
  湯沢と何もかも同じだった。ジンを含んだ美樹の唇の香りが好きだった。
  「そんな事ないよ、僕も嬉しいよ。あの大きなバッグに美樹さん入れて持って行きたいよ」
  「そういう事言うから、好きになっちゃうの。
  湯沢で、あのバッグ見てからおかしくなったのよ」 
  「二人とも、すごい役者だったね」銀一が思い出したように言う。
  「あんなお芝居したの生まれて初めてだったわ」
  美樹たちは、貴美に、まず銀一が、湯沢で美樹と会ったという話をして、
  美咲の不倫を、貴美に伝えた。貴美はうすうすは知っていたが銀一までに知られると、騒ぎが
  大きくなると心配し、すぐに美樹に相談に来るだろうと考えた。
  そこで、美樹は、その前に、お膳立てした事を貴美に話して、靖男と会って、そのことを
  話してくれるよう頼んだのだ。
  「私美咲を脅かしたのよ。岡田と一緒になりたいんなら、この家出て行って、岡田と
  好きなところに行きなさいって。遊びなのはわかってたから、すぐに後悔しだしたのよ」
  美樹は、美咲に、岡田と別れて、靖男が立ち直るのを助ければ、今回の事は、譲吉には
  言わない。これからは、浮気癖をとにかく直しなさいと、激しく迫った。
  「岡田さんは案外あっさりしていたね」
  「やっぱり、思ったとおり美咲に引っ張られていただけだったのよ」
  岡田には、二人で会って、このままだと譲吉さんに知れて、暖簾分けの話までおかしくなる
  から一時この店を離れる事で了解してもらった。
  「銀一さんがいたから出来たお芝居だったけど、岡田さんには、すぐにこの店を辞めて
  他の店に出なさいって」
  最初岡田は、渋っていたが、これまで、玄屋で積み上げてきた信用が、そこの女将との浮気で
  失墜するのを恐れた。たかが浮気と思っていたのだが、ことの重大さに気が付いて恐れた。
  「譲吉さんにこの事が知れると、何もかもお終いになる。
  岡田さんは大人しい人だから、言う事聞いてくれたけど・・」
  「問題は、靖男さんだった」
  「貴美ちゃんに、嘘ついて、美咲が後悔してるなんて、・・後味悪いな」さすがに美樹も
  後悔気味だ。
  「でもああ言わないと、靖男さんも踏ん切りがつかったでしょう」
  「美咲がもう少し、靖男さんの弱い部分を判ってあげればうまく行くのだけど」
  「ダメ押しに、丸正にまで行って、僕が靖男さんの蕎麦打ちを見たい、見れないと修行に
  来たかいが無いから帰るなんて」
  「二人とも、上手だったね。私、銀一さんの事信用できなくなった。私のこと、
  騙してるんじゃない?」
  「美樹さんもうますぎるから、僕のほうが疑ってしまう」
  二人とも明日別れる明るさが欲しかった。
  この芝居、ほとんどが、美樹が作り上げたのだ。銀一は、本当にそのような事で、
  うまく行くのか、半信半疑だったが、美樹の迫真の演技が功を奏した。
  「そのおかげで、収まるならいいとしよう」
  「でも、本当に靖男さん、許すかしら、美咲のこと。美咲もこれで遊び好き治ればいいけど」
  「さあ、それはこれからだろうな、僕らにもそこまでは出来ないな」
  「ねえ、もしよ、銀一さんと私が結婚して、私が浮気したらどうする?」
  「離婚するな、僕なら」
  「あら、それは私を愛しているという事かしら?」
  「答えない、仮定の質問には」ジンが3杯も空いて、バーテンを呼ぶ声も大きくなった。
  「じゃ本当にそうなったら、どうする?」
  「・・・・」銀一もどう答えて言いか迷った。
  「大丈夫よ、私は。まだ結婚できないでしょう。学校始めるんだから」
  少し危ない会話のような気がした。
  長野へは、明日に迫っていた。本当に、この芝居はうまく言ったのか、靖男がそんなに簡単に
  美咲を赦すのか、少し楽天的過ぎないか、と思った。
  

  第8回終わり 
  次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
  団体も架空のものです

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