蕎麦ミステリー街道(4)・天下蕎麦 -7

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蕎麦ミステリー街道4 天下蕎麦 第7回       作 夢八

   「恵さんから、光男さんと兄弟だと聞きました」
   銀一は、健吉の昼休に事務所で、向かい合っていた。
  「銀一さんに、そんな話をしましたか。恵がそんなことを言うのは
   よっぽどのことなんでしょう」
   健吉は、銀一にもバーボンのロックを入れる。香りが、部屋に充満する。
  「お昼は、一杯これをやるんだ」初日、銀一が挨拶したときにも同じ事を言った。
   今日のバーボンはブッカーズである。茜に初めて行った時に、バーボンが10数種並んでいたが、
   これは、藍のもとに、健吉が通っていた頃からのものだったのだ。
   藍は健吉と別れても、変らずにバーボンを取り寄せて、健吉を、ひたすら待っているのだ。
   健吉もそれを、知っているはずだ。
  「茜にも、プレミアムバーボンが、何本かありました。おいしかったです」
   健吉の飲む手が、少し止まる。
  「越前家は、ばらばらのように見えますが」
   銀一が、思い切って訊ねた。
  「そう見えるだろうな。ここまで放りぱなしにしてた私のせいだ」
  「光男さんは、多分、東京でしょう。不動産屋から、建築士から
   食材屋さんから、今回の後始末に歩いてるのでしょう。プライドもずたずたでしょう」
  「芳江がみんなやった。あの二人も私に黙って。私は本当に、光男に
   聞くまでは、知らなかった。そんなことを仕組んでたとは・・
   そうさせたのは、私がみんな悪いんだ」
   光男を引き取って、育て始めた頃は、まだ芳江も夫の後始末にかいがいしく協力して
   いたと言う。しかし、その4年後、恵が生まれた事を人づてに聞いてから、温厚な芳江の
   性格が変ってしまったと言う。
  「一生恨むと言われたよ。仕方が無かった。どうしても藍と別れられなくて。
   藍は、やさしい女で、芳江と別れてくれなんて一言も言わなかった。それだけに
   その心根に応えてやりたくて、・・」
   芳江としては、光男を引き取って、藍と健吉は終わったはずだった。
   それが、何年も密かに続いていた。しかも、また子供を出産した。
   ただ、芳江は、そのことがあっても光男だけは分け隔てなく育て上げたのである。
   しかし、光男が、大阪から帰って来てから、様子がおかしくなってきた。芳江は、蕎麦屋の
   経営は、孝之、陣たちで行い、光男は大学を卒業させ、会社勤めに出して、越前家から
   出してしまう事で、総て終えたかった。それまで、充分面倒を見て、実子とも差別なく育て
   のだから、いずれは、藍のもとに光男が帰る事を願っていた。
   しかし、光男が帰って来て、蕎麦屋の経営までに参加し始め、健吉も光男の経営能力を
   事あるごとに誉めだしていた。藍の子供を可愛がる健吉が許せなかった。
  「藍とまた、よりを戻したとまで疑いだした。藍がそそのかして、越前家の財産を狙っている
   とまで言い出してな。そんな事はもうとうない。確かに、恵が小学生に上がるまで
   金銭的には面倒は見ていたのだが、陣がもうはっきりしてくれと言いに来た。陣の成人式の
   日だった。子供たちも我慢してたんだな・・、そう思うと決心したさ」
   そこまで、ゆっくり話をすると、ロックグラスを一気に飲み干した。
  「僕には想像もつかない話です」
  「芳江は、まだ許せないんだな」
   復讐だと、恵の口から漏れたことがあったが、その事だったのか。
   芳江を中心にして、過去の怨念が渦巻いているのだ。
  「光男は、この3年で越前家をここまでにしたのを見ても、経営者の素質はあると見込んでいる。
   東京に出ることは私の夢だが、光男だったら、任せてもいいと思ったんだ」
   そんな、話を、芳江に漏らしたことがあったという。光男の東京進出の話を聞いて、
   芳江たちが、先に動いたのだ。今、大きな資本を持つ飲食チェーンは、新しい業態を
   求めて、地方で成功している飲食店の都市進出を、盛んにバックアップしている。
   勿論、資本提携、業務提携、ロイヤリティー契約、何でもありの状態だ。越前家にも
   その手の話は、持ち込まれていた。
  「支店で何が起きているのか、この耳に入ってこないのだから、だらしない」
   自嘲気味に、言う健吉の顔に、疲れが見えた。
  「もう、山花の話は、本契約で、設計も始まってますね」
  「まあ、あの契約だと怪我はしないから、任せようと思う。そのくらいの力量は陣には
   あるだろう。利賀村の泰次さんを通じて、山花のこと調べてもらった。
   しっかりした所らしいから、変な話にはならんだろう」
  「あとは、光男さんですね。陣さんたちとの修復ができるのか、もう東京から
   帰って来るでしょう」
  「どうしたものかと・・」健吉が深い溜息をつく。
  「僕の考えてることを、聞いてもらえませんか?」
   銀一に、ある考えがあった。

   銀一は、その足で、茜に向かった。3時に恵と会う手筈になっていた。
   裏口から、2階に上がると、恵が待っていた。
   遅い昼食が、小さな御前に用意されていた。あれから、こうして、二人で
   お昼を食べて、夜は、ここに銀一が帰って来て、恵と過ごしていた。
   健吉も、こうして母親の藍と会っていたのだろうか。健吉は家族がいたから、密かに
   通っていたのに違いない。藍の耐えていた時間が、この部屋に色濃く残っている気がした。
   部屋に移り住んでいる独特の匂いがその証拠のように思えた。それは、藍の体臭でもあり、
   恵の体臭でもある気がした。
  「光男さんは、大阪の会社を辞めて、どうして蕎麦屋をやりたいと思ったのかな?」
  「お母さんが、帰って来て欲しかったの。健吉お父さんに頼んだみたい」
  「そうか・・」
  「でも、財産なんかいらないから、蕎麦で一本立ちさせてくれって、お願いしたしたみたい。
   もし蕎麦で一本立ちできるなら、このお店を売って、今住んでる家も抵当に入れて、
   お兄ちゃんのお店を持たせるからって」
  「ところが、健吉さんが光男さんの経営能力を見出して、離したくなくなった」
   これは、どこかで、線を引いてしまわないと、解決しないと思った。   
  「お父さんと話をしたの?」
   若狭カレイを、薄塩で干したものを焼いてあった。銀一の好きな越前蟹の身ほぐしの
   野菜サラダもある。
   味噌汁は、独特の甘みがある、白麹だ。そこに、地場の黄菊が浮かんでいる。
  「お母さんのことも、芳江さんのことも、陣さんのことも、みんな話してくれた」
  「お兄ちゃん、どうなるだろう」
  「恵は、東京に出る気はある?」
   箸が止まって、銀一を見た。恵は、その意味を図りかねていた。
  「お母さんはどうだろう。もちろん、光男さんも一緒だが」
  「銀一さんがそうして欲しいというなら・・」
   恵は、それ以上のことを、言わない性格なのだ。
  「2日後、光男さんと帰って来る連絡が取れた」
   どう決着をつけるか、銀一は、恵の顔を見ながら考えていた。

  

  第7回終わり 
  次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
  団体も架空のものです

 

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