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天下蕎麦 第6回 作 夢八
茜の、店の奥は、簡単な調理場と、食事ができる部屋があり、2階には、寝泊りできる
部屋がある。客達が、おそくまで残った日などは、この部屋で泊まって、朝、自宅に戻る。
銀一が12時過ぎに来た頃は、もう店は閉めてあり、あたりも
静まり返っていた。裏手のドアを開けると、2階だけに明かりがあった。
「どうぞ、銀一さん」2階から銀一に声があった。
2階は、女が泊まる部屋らしく、黄色と赤などの配色が多く、艶めいていた。
恵は、シャワーを浴びたらしく、石鹸の匂いがして、薄着で、銀一を迎え入れた。
コップにビールを注いで、銀一に勧める。恵は、無防備すぎて、銀一の方が、
固くなってしまう。ご膳の横には、ベッドあって、短いカーテンで仕切られているだけだ。
なんとは無い話をしているのだが、お互いの気持ちが通いだしているのがわかった。
静かで、穏やかな時間が流れて、このような場面を、前に過ごしたような気がして、記憶を
辿ったが、多分それは、そうしたいと思っていた願望の記憶なのだろう。
2本目のビールを二人で開ける頃、銀一が切り出した。
「相談って、なんだろう」
恵はしばらく、目を伏せていた。
「銀一さん、お兄ちゃん助けてあげて・・」
「お兄さん、って・・、光男さんは・・」銀一は、恵の顔を見つめた。光男の輪郭が隠れていた。
「そうなの、兄弟なの」切れ長の目も似ていた。
「それじゃ、健吉さんは・・」
恵が、静かに語り始めた。
恵が、光男と兄弟だと知らされたのは、高校を卒業してからだと言う。
藍は、越前家で働いていて、健吉と深い関係になった。妊娠を知ったとき、妻の芳江が、
すぐに健吉に話をして、光男を引き取ることを条件に、手切れ金を渡して店をやめさせたのだ。
光男は先方で引き取られ、育てられた。
だが、藍と健吉の関係は、以後も続いていて恵が生まれた。さすがの芳江も、この時は、
離婚騒動になったという。子供を二人も作って、この家を狙っていると半狂乱になった。
健吉は、バーを出す金を渡してその時は別れたのだ。
しかし、健吉は、以後も年に何回かは、金銭の援助しながら、藍に会っていたのだ。
光男は、高校時代に、戸籍本で、認知の実子と知り、藍のもとを訪ねてきた。
多感な男は、健吉にも反感を露わにした時期もあった。
光男が引き取られた頃、孝之と陣はすでに判断のつく年頃だったから、
光男に対しては、冷淡な態度で接してきた。兄達とあまり遊んだことが無いのは
年の差ばかりではなかったのだ。
光男だけが、大学に進んで、蕎麦とは違う道を歩もうとしたのは、理由があったのだ。
だが、途中で、会社を辞めて、戻ってきたのには、何か理由があったのではないか、
それは銀一の想像が及ばないことではあった。
「健吉さんと、お母さんは、今も付き合いはあるのかな」
「もう、昔のような関係は無いけど、時々は、連絡は取り合っているみたい」
「今でもお母さんは、健吉さん忘れられないのかな」
「私も、2,3回誕生日にお祝いをしてもらったことがあるんだけど、とてもやさしい
人なの。18歳で処女で、愛し合って子供生んだのだから、口には出さないけれど、
ずっと思い続けてると思う」
「今回の件は、難しいな・・」銀一は、ようやく越前家の事情を知って、陣たちの動きを
納得したのだ。
恵と光男の仲を、恋人のように勘違いしていたが、兄弟であった。恵に傾いていった気持ちを
抑えようとしていたが、これで、遮るものが無くなった。
そうやって、今改めて恵の顔を見ると、愛しいものが一挙に膨らんできて、二人で居る事が
自然の成り行きのように感じた。
お互いにもう胸の中に好きな気持ちが通い合っていた。
6歳の夏に亡くした母が、近くにいた。これは、母ではない、恵だ。解けた氷のグラスに、
部屋の明かりが青く映りこんでいた。
光男さん、今どこだろうか?思考が、進まなくなっていた。
「帰るなんて言わないで、銀一さんだけが、お兄ちゃんの味方なの」
恵は、銀一の手を取った。切れ長の大きな目に涙が、浮かんでいた。
激しい動悸がして、恵の唇だけが視界に入った。柔らかな唇だった。恵の舌が、滑るように
銀一の舌に密着して絡んだ。甘い、甘い露が、口中に広がって、恵が銀一の中に移ってきた。
恵の圧縮されていた思いが渦を巻いて銀一の中に流れ込んだ。
銀一も、恵の中に移っていきたかった。胸の中に溜まっていたものは、体液になって恵の
喉に届いた。その体液を、二人で激しく吸い分け合った。
二人で一緒に息をして、一緒に生きていた。愛が球形のように膨らんだ。
二人とも、争うようにベッドに倒れこんだ。ベッドが音を立てて大きく軋む。
衣服を奪い合うように取り合って裸体になった。火のように熱い肌が触れ合って音を
立てた。
「お嫁さんにしてなんて言わないからね」泣きながら、銀一の胸を噛む。
薄暗い明かりを通して、乳首の膨らむのが見えた。銀一の口がそれを愛しく含む。
軟体動物のように体が漸動し、銀一の体に吸着しては叩く。潤沢な泉のように恵は
溢れていた。嗚咽が走って、恵の体が銀一を急かせる。
恵の体の熱い芯が、銀一を激しく掴まえた。銀一はこの幸福感を恵に伝えたくて、深く、強く
恵の中に押し進んだ。母体の上で銀一は揺れていた。
恵は、銀一の体の下で小さくなって、彼を包み込んでいた。
恵の濡れた体は、銀一の愛を際限なく求める。銀一は、このまま恵みの中に体ごと
埋め尽くしたいと思った。それほど、母のように恵は銀一の激しさを受け止めては、
体ごと返してくる。前に、前に、銀一は愛している恵に向かって走った。
恵の全身から、海鳴りが低く流れ始めた。銀一は、その音色に合わせて、恵の体の上を
ゆっくりと彷徨っていた。恵の顔が銀一を迎え入れる度に悦びに溢れた。
その輝いて美しい愉悦に押されるように銀一の体が全速で駆動し始めた。
恵は激しい痙攣の中で、宙に浮いた。銀一は赤い溶岩になって、恵の体奥を埋め尽くした。
さざ波のような安息が、銀一を支配していた。
このまま、何もかも忘れて、恵みとひとつになったまま眠りたかった。光男のことが、
頭に掠めた。
恵の寝息が聞こえる頃、銀一の意識が沈み込んだ。
第6回終わり
次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
団体も架空のものです。
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