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蕎麦ミステリー街道(4)・天下蕎麦 -5

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天下蕎麦 第5回       作 夢八

  「あら、早いわね、どうしたの?」恵が出迎えた。
   銀一はバー、茜に来ていた。戻ってから3日連続、恵の顔を見に来ていた。
  「光男さんが姿を隠して、もう3日、僕もそろそろお暇しようと」
   何気なく、言ったのだが、恵の顔色が変った。
   銀一が、福井に帰った日から、光男の姿が消えてしまった。
   その間、恵にも連絡がないから無いから、よほどショックが大きいのだろう。
 
   銀座で恵と見たのは、越前家の次男、陣と、母親の芳江だったのだ。
   ビルから出てきた集団の中に、その二人を発見した時は、最悪
   の事態が、起きていると思った。山花とここまで来るには、3ヶ月以上も前から下打ち合わせ
    はあった筈だから、外部には漏らさないとしても、光男はその間完全に
   無視されていたことになる。     
   山花物産と組んでいたのは、次男の陣だった。当然、長男の孝之も知った上でのことだろう。
   不動産の営業は、陳と陣とをメモに書き間違えたのだ。
   陣が母親と一緒に動いていたのは、山花との提携が
   決定に違いないと思った。家族が何かの理由で割れてしまっていた。
   この間のいきさつを恵に告げると、彼女は、凍りついたように銀一の話を聞いていた。
   「復讐かもしれない・・」ふっと、恵が呟いた。何の復讐なのか、銀一にはその言葉
   は、不可解だった。
   「復讐って?」
   「・・・銀一さん、光男さんのお父さんに会って、一度話を聞いてみて?お願い」
   生返事はしたものの、いざ揉めだしたら、聞いてみなければと思っていた。
   健吉の許可無しで、陣がこのような動きはしないはずだ。 
   銀座のカフェから出てすぐに、銀一は、光男に見たままのことを携帯で報告した。
   光男は、かなりのショックを受けたようで、無言のまま電話を切った。
   恵も東京のホテルをキャンセルして銀一と、翌早朝の飛行機で福井に帰って来たのだ。
   
   銀座で陣と母親の芳江を確認した後に、光男と連絡を取り合ったのが最後であった。
   本店の職人からの話を総合すると、その電話を受けた夜に、父の健吉と
   事務所で口論があったようで、どうもその後から本人がどこかに行ったらしいのだ。
   銀一は、このところ、夕方から出たり、朝から出たり、居候状態で、健吉も銀一を
   避けていて、宙ブラリンな日々である。   
   まだ時間は、6時だから、誰もいない。次の客が来るまで、たっぷり1時間はあるだろう。
   何も言わなくてもハーパーの12年もののロックが出てくる。
  「光男さん、淋しがるよ」恵は、銀一を引留めたかった。銀一も、次の修業の店のあてが
   無いから、どこにも行きようが無いのであるが、いざとなったら、東京時代の先輩の
   店にでも、行ってみようかと考えもいた。ただ、必ず、この2,3日で、光男は戻るはずだ。
   銀一の性格上中途半端に放っておくわけにはいかなかった。
   今日は、母親の藍が休みのようだ。東京以来、恵と会っている時間が多くなっていた。
   東京からの帰りは、小松まで飛行機で一緒だった。
   恵は、思ったよりは控えめな女で、男の後ろから附いてくるような性格だった。
   短大で、栄養士の資格を取っていて、最初は学校の給食関係に勤めるはずだったが、母親の
   苦労を思い、手伝っている。いずれは、小料理屋を開店したい気持ちがあるのだ。
   高見庵で、女友達と蕎麦料理を食べ、これまで経験したことの無い美味しさに感動したと言う。
   特に高見庵の十割蕎麦の洗練された風合いと、豊かな味わいは、初めてのものだった。
   この時から、蕎麦に興味が出たようだ。
   東京以来、恵は銀一の側に、いたがるようになっていた。恵の気持ちが銀一には、痛いほど
   伝わってきていて、銀一も恵の優しい性格に魅かれていた。銀一は母親を小さい時に亡くして
   おり、母親の面影を恵に見ていた。つい時間があると、恵に会いたいと思う
   ようになっていた。お互いがいつも一緒にいたいと思っていたのだ。
   ただ、銀一としては、光男と恵の関係が判然としないから、もう一歩、恵に近づけないのだ。
   昨日も、恵は銀一のためにレンタカーで福井の観光案内をしてくれていた。
   福井は、、文化圏としては越前と若狭に二分されていて、越前は、金沢の、若狭は京都
   の影響下にあるようだ。これは距離的に左右されてきたのだろう。今日は恵の要望で
   金沢、福井の蕎麦屋めぐりがメインになっていた。
   銀一は、光男が何をしているのか、見当はついていたが、確信は持てなかったので、
   恵には、黙っていた。
   東尋坊の荒々しい海域がみえる。テレビのサスペンスのロケ現場としてたびたび登場する、
   断崖が日本海特有の荒々しい姿を連続的に見せる。
   戦国時代から、朝倉義景、柴田勝家など、天下取りに敗れた悲運の大名が、行き交ったで
   あろう険しい道のりが続いていた。溶岩が冷えてできた岸壁が異様である。
   覇王の才ありと言われた結城秀康も若くしてこの地で死を迎え、その野望が潰えた。
   子孫はさらに悲惨な結末を送った。
   天下取りに東京を目指した、光男の夢も挫折するのだろうか。

   車の中で、恵が純一に確かめた。
  「陣さんと、お母さんは、光男さんに黙って、大手の飲食チェーンと組んでいたんでしょう。
   お父さんは、それを知っていたのかしら?」運転する恵が純一に確かめた。
  「あれだけ大きい仕事だし、越前家の名前が出るわけだから、ね。
   ただ、光男さんの動きも知っているわけだから、そこが変だ」
   健吉は、熟慮型で、冒険を好まないから、業務提携を選ぶ可能性も高いと、銀一は
   見ていた。一代で、三店舗も持つ、福井では成功者の一人である。
   東京進出は、慎重にならざるを得ない。だが、光男のビジネスセンスも買っているから、
   このあたりは、推測ではわからなかった。
  「光男さんは、どうなのかな、相談はしていなかたのかしら?」光男の独断的な性格を知る
   恵が心配した。
  「多分、お父さんには、少しは話してはいただろうけど、お兄さん達にはどうかな?
   彼のことだから、計画書など全部作ってから、知らせようと思ったのじゃないかな」
  「山花物産の件は話し合いを、したのかしら?」
  「そこも、わからないな」
  「銀一さん、お父さんと話をしてみて、お願い」
   再び東京での言葉を繰り返した。
  「わかった、明日健吉さんと話をする」恵と約束したのだ。
   福井の観光案内を兼ねて、龍蕎会の副幹事のメンバーの蕎麦屋を、3店ほど訪問した。
   それぞれ、メニューは、異なるのだが、越前蕎麦はもちろん、その店独自で、十割、更科
   など、そば粉のブレンドに工夫を凝らしていた。亭主達も、ほとんどが30,40代前後で、
   研究心が旺盛である。お互いに情報交換が盛んで、その中から、新しいもの、古い物の
   良さを発見していこうとしていた。
   光男の東京進出には、3人の副幹事は協力的で、会全体で応援するとの話だった。
   帰路のハンドルを握る恵の横顔が、憂いがあって愛らしい。
   こんな風に心配してくれる女がいる、光男が羨ましかった。
 
   恵が小鯛の昆布締めを、肴に出してくれた。昆布の旨みで、少し生醤油を含ませれば
   なんともいえない、甘みが口中に広がる。そろそろ、次の客達が来てもいい時間だった。
  「お父さんと話をした?」
  「したよ」
  「それで」
  「はっきりしなかったんだ・・」
   銀一は、健吉に山花との提携の件を知っている限り話をした。
  「済まない、銀一さん、身内の恥で、あんたにも迷惑を掛けてしまって・・、
   親として情けない」
  「失礼なお話ですけど、健吉さんは、山花のお話はご存知のはずだったでしょう?」
  「申し訳ない、これも身内のことなので・・」 
  「ひとつだけお話ください、光男さんの東京進出は、お父さん自体は賛成だったのですか?」
  「・・計画は知っていた。あの子の才覚は信用していたから」
   健吉は、それ以外は、喋ろうともせず、銀一の今回の事を労うばかりだった。
   
  「お父さんも苦しんでるのかしら・・」
   恵の目に、涙が滲んでいた。銀座の出来事以来、恵の情緒が不安定になっていた。
   今回の件は、必要以上に恵の心に、打撃を与えているようだ。    
   地酒のロックが出てきた。白龍のひやおろし、もうそんな時期になっていた。
  「銀一さん、今日相談したいことがあるから、12時過ぎに来て。今晩は早く閉めて
   裏口開けておくから」
   恵が銀一に普段見せたことの強い目で訴えた。
   茜を出ると同時に、入れ替わりに、4,5人の客が押し寄せていた。
   もっと何かありそうだ。銀一の頭に漠然とした、疑問がまだあった。  
  「復讐かもしれない」 
   銀座で恵が言った言葉も気になっていた。
   
  

  第5回終わり 
  次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、団体も架空のものです。
 

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