蕎麦ミステリー街道(4)・天下蕎麦 -3

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天下蕎麦 第3回       作 夢八

 

  銀一と、光男は、東京の銀座に来ていた。三越デパートの2階の喫茶店である。
  「銀一さん、この4丁目を上に行くと、日比谷、下ると築地。左が新橋、右が丸の内。
  不思議なのが、新橋に行く方面だけがエアーポケットのように、人の流れが、
  悪くなっている。多分、今は汐留と丸の内が、人の引っ張り合いをしてるんだ」
  「人間の好奇心の届く範囲には、限界があるのかな」
  「だから、複合ビルや、駅ビルに集中するんだな。上に伸びた分、横には広がらなくなった。
  それも、新しいところに人は流れていくね」
  「だけど変らないところもある。ここもそうだ。ブランドを作るのは、時間が掛かるけど
  作ってしまえば、よほどのエラーが無い限り、輝いていられる」 
  「今日、3ヶ所見てもらったけど、どうだろうか?」
  日比谷シャンテ側のビル1階、72坪、築地の場外角地のビル地下82坪、丸の内交差点近くの
  地下76坪。これらは、ほぼ条件が同じだった。
  本来、飲食店は、1階が良いとされ、地下は不利とされる。
  が、スケールの大きいビルの場合、必ずしもそれは当てはまらなくなってきた。人の行動が
  滞留型になってきて、その円内で周遊するようになっている。そのほうが楽だし、効率も
  よく。好奇心も、横から、垂直型になってきている。 
  「丸の内かな?」
  「銀一さんもやっぱりそう思う。
  丸の内は、今開発で人の流れが一番いいかな。日本橋のオフィス需要や、老舗デパートの客層が、
  側に控えているし、丸の内まで人が流れてくる。元々、東京駅を中心とした交通の便がいいし、
  ここを中心に金融市場も活性化するだろうから、もっと客層が厚くなるだろうな。
  その良質な客を、どう取るかだね?」
  「もう光男さん、案はできてる?」
  「手打ちの演出を、最大限生かしたいんだ」光男の目が輝いている。
  「なんとなく、想像はできる」
  「参加性も出していきたい、と思っている。だから、なるべく広いほうがいいんだ」
  「打ち場か?」
  神田の老舗では、夕方客の呑む間に、ガラス越しのうち場で、蕎麦を手際よく纏め上げる。
  包丁捌きなどは、見事でショーとしても楽しいものだ。
  光男はしっかりリサーチしているのだ。
  「さすが、銀一さん、打ち場ってこれまで、見世物にしてきたけど、中途半端だったよね。
  店のど真ん中に置くよ。保健所はうるさいだろうけど」
  飲食店が思い切った、設計ができないのは、衛生面の制約が大きい。蕎麦屋の打ち場も、厨房と
  みなされるから、天井の設置を義務付けられるし、粉の拡散対策などで、保健所のチェックが
  入る。この規制の中で、打ち場を客席に置くのは、設計上かなりの工夫がいる。
  厳しい条件の中で打ち場を、もっとショー的な素材にするという。懐石料理の客には、
  コースの蕎麦を目の前で打って、挽き立て、打ちたて、茹でたての、三たてを、その場で
  実演する。
  懐石では、田舎や、変り蕎麦がメインになるから、蕎麦の打ち方にも変化が出て、満足度は
  高くなるだろう。土、日は、2度ほど、予約客に、職人も一緒について、即席蕎麦教室を
  営業時間中に開催する。自分で打った蕎麦をその場で食べるのも、醍醐味があるのだ。
  龍蕎会のイベントや、越前家の訪問客のアンケートでも、手打ちを見たい、してみたい
  との客の声が、かなりの%に上っていた。
  蕎麦は、越前蕎麦がメインになるが、それだけではない。田舎、変りそばなど、添え物には
  薬膳野菜をベースにしたものを考えていた。蕎麦屋としてのスタンダード性を、中心にして
  今後の成熟化社会の食素材の志向を先取りしていくのだ。
  蕎麦屋としては初めてのユニバーサルデザインを、設計の基本にする。
  しっかりしたコンセプトがあった。
  また、大型蕎麦屋店の欠点である、パターンかされたメニューを避ける。
  むしろ、手づくり感を追求していく。
  それには、素材調達能力が命になる。計画と同時に安定した素材ルートを確保していなければ、
  どんなアイディアも、無駄になってしまう。
  また、光男のデーターによると、地方から上ってきた産地 
  商品を売り物にした飲食店は、成功のケースが少ないと言う。一時は、目新しくて客も
  呼べるが、長続きしないのだ。自分達の作り上げた商品の価値を過大に評価する結果だ。
  スタンダード性が無いことを、計算に入れてないのだ。 
  特定のジャンルでは、讃岐饂飩チェーンや、豆腐料理店、ラーメン店があるが、店舗として
  ブランド化しているかどうかは一部を除いて疑問との見解だ。
  ブランドになるには、圧倒的な差別化が条件だ。人の優越感を軸にした、保有欲や、占有欲を
  継続的に保持しなければならない。
  言い換えると、そこに行くことが、お土産話になるのが最低条件だ。
  越前蕎麦を日本のそばブランドにできるか、越前家が、蕎麦屋のブランド化に成功するか、
  それは、新しい付加価値を、たくさん足して行ってできることである。
  「開店10日前には、一週間龍蕎会の連中と組んで、ソニービルのイベントスペース、店の前の仮
  スペースで、大掛かりなイベントをやる。これは、福井物産展とも、共同でやるから、
  話題になるだろう」   
  「もう、そこまで、できてるんだ」 
  光男は、銀一が考えていた以上に、データーや、過去の事例を大事にする。特に分析能力は、
  銀一よりも数段上に思われた。

  光男は、その足で福井に帰ったが、銀一は、あと3日ほど久しぶりに実家で過ごすことにした。
   恵は、東京の女の友人たちとしばらく過ごすらしく、今夜その友人の一人と、銀一を訪ねて
  高見庵に来る予定になっていた。
  6月に家を出てから、もう4ヶ月近く過ぎていた。この間の報告を、父親にした。
  利賀村の泰次、氷見の咲などから、義雄宛に礼状が来ていて、大概の話は知っていた。
  特に、輪島の能登屋からは、義雄にも多くの進物があり、礼状も丁寧なものが
  あった。
  「だいぶ苦労したな」珍しく義雄が銀一をねぎらった。
  「で、今度は?」帰京の理由を訊ねた。
  銀一は、福井の越前家の東京進出の件で、光男に頼まれて、候補地を見に来たことを告げた。
  義雄は、ところどころ質問し、特に候補地の場所については、かなり詳細な説明を求めた。
  義雄の怪訝な顔を見て、今度は銀一がその理由を質問した。
  「気をつけたほうがいい」
  銀一たちが見てきた、物件クラスになると、ほとんどが、不動産の回し物件で、いくつもの
  仲介が入っている。物件自体が大きいから仲間内でも、借り手の噂話がすぐ入ってくるのだ。
  「同じような話を聞いた。それも越前蕎麦だったな。もう既に、東京に入ってくる話がある」
  「この物件に絡んでいるのかな?」
  「それは、わからんが、どうしてその動きを、知らないのか不思議だな。
  開店が重なると、ひどい話しになるし、このままだと先を越されるな。
  じっくりそこの開店を見て、先送りするか・・」
  「そんな人じゃないな、計画通りやるだろうな」
  「お前も知っているだろうけど、越前蕎麦は、このところぽつぽつと看板を上げている。
  その人たちは、こちらで修業して、開業してるから、まだ商売が小さい。
  1年前には、銀座5丁目に、大きな越前蕎麦屋が、進出してそこそこにやってる。
  蕎麦で言うと、この2,3年金砂郷も高すぎるし、手に入らないからみんな困ってる。
  そこに、評判のいい福井産が伸してきてる。目新しいからな。
  次の大きな新規開店で、どうなるか、火がつくか。
  仲間内でもっぱらその話しよ。少し、種だけは、蒔かれてきてる」
  「昨日、光男さんとその越前館を見に行ったけど・・。
  新しいブームまでは、起こせる感じじゃなかった」
  「福井だって、東京進出を大掛かりでやるような店は、そう何店も無いだろう。
  俺達が知っている範囲では、今東京に出てきている銀座の店と、光男さんの越前家の他
  もう一店くらい。
  もう一つは、他の資本が入って、名前貸しというのもあるからな。すぐに調べたほうがいい。
  ただ、はっきりした話で知らせてあげないと」
  「僕なりに調べてみるよ」
  「あまり深入りしない程度に」銀一の生真面目な性格を知っている。  
  銀一には、光男がその話を知らないのは何か理由があるのではないか。
  それとも単純に情報が入っていないのか。
  明日、その事を光男にまず一報しなくてはと考えていた。  
  大きなビジネスだけに、不安が襲っていた。

  
 第3回終わり 
 次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
 団体も架空のものです。
 
 2005.11.27
 

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