蕎麦ミステリー街道(4)・天下蕎麦 -2

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天下蕎麦 第2回       作 夢八

  越前家は、中に入ると複雑なようだ。3人の子供がいて、それぞれ店を任せられてはいたが、
  本店経営が3男の光男で、全体のコントロールをしている。おそらく経験年数は、兄達の
  方が上だろうから、当然兄弟とはいえ何らかの軋轢は想像できた。
  初日の事務所の次男の言葉が気になってはいた。
  長男は、孝之、40歳。最初の支店を任されている。次男は、陣、37歳。3年前に支店を
  開いた。
  2支店とも、郊外型の手打ちイメージを大事にした店で、本店とは違ったメニュー構成で
  酒肴も手づくりが多く、常連客をメインにしている。観光客で、1人、2人の少人数が
  入りやすいスタイルにして、夜がメインになっていた。
  長兄、次兄が既に自分のスタイルを作った中で、光男の志向性がどこか違うようだ。
  兄達が、高校卒業と同時に、関東の蕎麦屋に5年近くそれぞれ見習いに入っていた。
  それに比べて、光男は、大学を卒業して、一時企業に入ってからのユーターンである。
  光男の年が離れているのも、気になった。
  二日間、銀一は、取り立てて、作業をするでもなく、店の回転や、システムの作業の様子を
  見ながら、過ごした。機械打ちは、全く手が掛からないし,調理の仕込みもマニュアル通りに
  進行しているから、口出ししようが無いのだ。土曜、日曜の限定手打ち蕎麦には、まだ間が
  あった。
  越前家は、父親から、10店の蕎麦修業を命じられての、4店目である。何かせねばと
  考えていて、銀一は、光男に提案したものがあった。
  3日目からは、店の壁に、特別メニューの告知が張られた。
  銀一の作る、だし巻きと、蕎麦掻である。
  これは、江戸前スペッシャルの特別メニューにした。
  この二品は、初日から、飛ぶように売れ、銀一も含めて職人3人掛かりとなった。
  卵焼きは、蕎麦屋では利益率は、いいのだが、効率が悪いのだ。要は、手間が掛かる。
  職人がいないところなどは、お昼時間は、メニューに載せないところもある。
  江戸前スペッシャルは価格をかなり高くしたにも関わらず注文が入った。
  だし巻きの卵に銀一は工夫を凝らしたのだ。
  黄身と白身を分けて、白身だけを角が立つ寸前まで攪拌して、そこに黄身を入れて、混ぜる。
  だしや、調味料を入れて焼くのだが、白身を攪拌したぶん、空気が入って、ふわふわの
  だし巻きになる。オムレツの生地の作り方なのだ。これで、だし巻きの水っぽさが無くなる。
  プレーンな味わいを出すために出汁も、利尻昆布と椎茸をベースに、血あい抜きの鰹薄削り、
  アゴだしで、淡くち醤油をブレンドした。だし汁の配分を多くして、口に含んだときに、
  だしのジューシーな旨みが溢れるようにした。  
  蕎麦掻は、30も%甘皮を入れた。蕎麦掻は、手挽き石臼で挽いた
  ものを、、ブレンドした。細かな粉と荒めの粉がうまくミックスして、餅の触感に里芋の
  ような甘みがでていた。
  蕎麦掻をポタージュのようにしたそば湯が、熱く張ってあって、
  風味も強くしてあった。そば湯は、蕎麦粉をブレンドしたもので作るのだが、銀一はそこに
  米の粉も入れて、甘みのあるものにした。
  職人の数がいるから、これだけの手間が掛けられた。
  「このメニュー、年に何回か江戸前スペッシャルで出したいけど、いいでしょうか」
  光男が銀一に聞いた。
  「問題ないです。どうぞ使ってください」
  「卵焼きがこんなに売れるとは思いませんでした。いつも、工夫しないといけないのですね。
  それと、明日の定休日の夜、付き合ってください。前に話をした龍蕎会の集まりがあって、
  皆銀一さんに会いたがっているんです。是非、ゲストで出席して欲しいのです」
  
  プロの集団で、手打ちのネットワークは、珍しい。協会のようなものや、親睦会のような
  当たり障りのないものが多いのだ。やはり、それぞれ、一匹狼的なところがあって、組織
  を作るのは難しいようだ。
  龍蕎会は、14の手打ち蕎麦屋で組織されている。
  大概が、この5、6年くらいの開店が多く、古くて10年だ。親の代から普通の蕎麦屋を
  やっていて手打ちに変えたところが多いのだ。
  会独自のHPもあり、それぞれのHPにもリンクして、活動も多岐に渡っている。
  この3年で、光男が声を掛けて、最初は3人くらいだったのが、あっという間に大所帯になった。
  光男には、組織やネットワークを作る資質があるようだ。それにも増して、人を惹きつける
  魅力があるのだろう
  会全体で、越前蕎麦と手打ちの良さを啓蒙して、蕎麦の顧客の底上げを
  図っていこうとしていた。研究課題も、日本や、世界の蕎麦品種、、自家製粉の保管、管理、
  電動石臼の研究、など、多岐に渡っていた。
  特に在来種を軸とした、越前蕎麦の普及と今後の全国展開は、大きなテーマである。
  初めて参加した、銀一も、多少の意見を言わせて貰って、
  会は早めに終了した。
  会の終わりに銀一への質問があった。東京の手打ち蕎麦の現状を、
  銀一が答えた。
  「この3年ほどで、たくさんの方が開業しました。横浜、東京で、3校のプロ学校がある
  のですが、教室は、満杯で、今空前の開店ブームになっています。
  しかし、閉店も多く、手打ちの売り上げの壁にぶつかっているようです。
  僕には、需給バランスがおかしくなってきたような気がするんです。
  手打ちの技術がマニュアル化され、簡単に習得する事ができます。蕎麦の製粉技術が上がり、
  おいしい蕎麦が出せます。開店が容易になってきました。
  正確なデーターではないですが、団塊の世代の20人のうち一人は、蕎麦教室に通い、
  会社を辞めて蕎麦屋を開業したいとの希望があるらしいです。脱サラで成功している店も
  このところ多いですからね。  
  良い蕎麦を出せる店が増え続ければ、その分、来店回数が減りますよね。
  確かに、蕎麦の愛好家も増えてますけど、店の数に追いつかないのが現状です」  
  「でも、儲かっている店もあるでしょう」
  「あります。そんな店では必ず特徴があるんです。手打ち蕎麦屋の概念を変えています」
  「もう少し、詳しく・・」会の参加者からあった。
  「例えば、これまでだと、そば料理を工夫して新味を出したのだけど
   今、流行っているところは高級料理屋に近いですね。
  相手は、蕎麦屋ではなくて、居酒屋だったり、料理屋だったりすると考えたほうが
  いいですね。同業から客を取るより、色々な店の客を取ったほうが、効率がいいですものね」
  蕎麦好きの層からは勿論、違う層からも集客したほうが、儲かるのは当たり前だが、
  これが、なかなか難しいのである。トレンドを、店に持ちこまないと成立しないからだ。
  また、蕎麦屋や、ラーメン屋など専門店のマーケットでは、成熟状態になると、
  偏り現象が起きる。俗に言う、勝ち組、負け組みである。したがって、
  それまでに名前を上げたり、ブランドを作り上げた者が勝者になる。ブランドは、固定層を作り、
  幅の広い層から客を集める魔法の玉手箱なのである。  
  「もう一つは、隙間狙いですね。これは、マーケットが成熟すれば、必ず出てくる戦い方です」
  「どんな店なんでしょう」誰かが聞いた。
  「例えば、ビールで言うと、地域限定もの、車で言うとスペシャルバージョンもの
  結構考えるとあるのではないかと。例えば、いくつかの産地の蕎麦を週変りで出すとか、
  それと、オーダーメイドに近い感覚の酒肴、手づくり豆腐とか、自家製干物とか、 
  かなり興味の湧くもので精度を上げることが条件です。
  この場合、売り上げは余り期待できないから、小さな店です。また、メニューを絞って、
   原価を下げることも必要です」
  「差し詰め、地域限定もので言えば越前蕎麦が
   東京に進出するみたいなものかな」質問があった。
  「今、東京でも、越前蕎麦が、目を引くようになってきました。
   地方からでは、新潟のへぎ蕎麦も一時ありました。これからでしょうね」
  「ま、今日はこのくらいにして」光男が会を終わらせた。

  「光男さん、東京に出る気があるんでしょう?」
   会が終えて、2軒目のバーに二人がいた。武生の市内、茜という名である。
  「どうやら、兄貴が感づいている」
  「親父さんは?」
  「出したがっている。東京に越前家の旗を立てるのは、親父の長年の
   夢なんだ。ただ、兄貴達は、俺が全体の上に立つのは反対だろうな。
   兄貴達では、東京で成功する店をイメージするのは無理だろうな。
   今、兄貴達に相談すると、潰されるから、出来上がったところで、親父に言うつもりだ」
  「兄弟3人でやれないんですか?」
  「兄弟は、難しい。まして、俺と兄貴達は、年も離れているし。どうも合わない」
   ロックグラスが空になっていた。   
   一番上の棚は、フォアローゼスが一列に並んでる。
   その他の棚2段には、ケンタッキーの蒸留所から収集したバーボンが10数銘柄並んでいる。
   小さなバーで、これだけのバーボンを並べてある店も珍しい。
   どこかで見たような光景だった。越前家の健吉の棚にもバーボンが並んでいた。 
   カウンターの奥にいた、ママの藍に光男が声を掛けた。   
   「ママ、この間から話していた銀一さん」光男はかなりの常連なのだろうか。
   「よろしくお願いします」年齢は40代半ばだろうか。
   こういう店にしては物静かな印象だ。
   奥から、若い女がカウンターに歩いてきた。
   「やっと終わったの、学校?」光男が声を掛けた。
   「あ、純一さんね」女は、恵。藍の娘で、夜間の英会話のスクールに通っているのだと言う。
   年齢は、23歳、短大を出て、勤めを嫌って、母親の手伝いをしている。 
   蕎麦修業のことは、面白おかしく、光男が話していたらしく、酒の合間に聞いてくる。
   母親似で小柄だが、スリムなからだに肉感的なバストが印象的だ。顔の造りは
   清楚で、化粧も自然である。笑顔が綺麗だから、恵を目当てに通う客もずいぶん多いだろう。
   だし巻き卵を温めて、熱いスープをまわし掛けたものが出てきた。
   「これ私の作ったもの」
   甘みや、焼加減も程よく、スープのだしがきいて美味しい。これだけのだし巻きを作る
   には、かなりの腕がいる。
   そうか、光男が教えたんだと、思った。光男の横顔の輪郭と、恵の輪郭とよく似ていた。
   似たもの同士は、愛し合うと言うが、そうなのだろうか。結婚すれば、お揃いの美男、
   美女の夫婦になる。
   それにしては、光男の恵への態度は、どこか乾いているような気がした。
   
   「健吉さんは、光男さんに任せるつもりですか?」東京進出の話に戻った。
   「親父はそう決めてると思う。俺は、親父が考えている以上に先にどんどん走っている。
   銀一さんは、わかるだろうけど、ビジネスはタイミングだよね。今出なければ
   天下は取れない」
   「天下取りか・・」銀一が、考えたことも無い言葉が出てきた。
   「福井の在来種は、今全国的に名前が出てきた。東京でも有名な蕎麦屋が、
   この時期 蕎麦を仕入れるために福井の農家を走り回ってるくらいだ。もう火がつくさ」
   「実際に動いてるんですか?」
   光男の目が輝いていた。
   「あの親父は、結構慎重で、家康みたいだよ。来年65歳なんだから、そろそろ旗を立てないと」
   「投資額すごいでしょう。お父さんにすれば、賭けですからね」
   「多分、1億弱は掛かるかな。兄貴達は、目を回しそうだ。僕は、賭けはしない。事業だから、
   金利3分と考えれば、年3千万、3年で、元は取れる」
   「大きすぎて、想像できないな」  
   「銀一さんに頼みがあるんだ。今度の休みに、一緒に東京に行ってくれないだろうか?」
   「もう場所も決めてあるのですか?」
   「そうなんだ、感想を聞かせて欲しいんだ」
   「あ、私も連れてって、東京」恵が口を挟んだ。
   「ママがいいって言えばね」即座に光男が答えた。
   「俺達が仕事をしている間は、自由行動。部屋は、別」
   「部屋も一緒、光男さんじゃなく、銀一さんと」
   「危ない、危ない」光男がママの藍を見たが、笑っていただけだから、OKなのだろう。
   こんなことは、よくあるのだろうか?光男と、恵の関係に軽い嫉妬をした。
   事務所での、健吉と陣のことを思いだした。
   越前家の揉め事に巻き込まれそうだった。しかし、一度東京に帰るのも悪くは無い
   と、考えていた。
  

 
 第2回終わり 
 次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
 団体も架空のものです。
 
 2005.11.12
 

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