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天下蕎麦 第1回 作 夢八
越前は、反逆の血が流れている。家康の日陰の子として生まれ、類まれなる闘魂と、
周りのものすべてを威嚇する圧力に、近寄るものは、皆、天から舞い降りた竜の再来と
噂したと言う。結城 秀康、家康の妻妾の子で次男である。
秀康は、その豪腕、戦略を、天下に見せしめ、その働き比べるものなし、
と言わしめた。家康は、関が原の戦功の後、、秀康を越前68万石に移封。
関東近くに置けば、自ら亡き後、天下の大乱を招くとして辺境の地に追いやったといわれている。
怪物は、小さな檻に閉じ込められてしまった。戦国の初期に生まれていれば、天下を取っていた
かも知れない男の、悲劇がここ福井、越前から生まれたのである。
銀一は、福井に向かう途中、歴史本をめくりながら、そんな一文に出会った。越前は、中央に
遠くはないが、いざ、京、江戸に、となった時には、要害が多いのだろう。
また、石高の大きさに比較して、暮らしにくい一面があったということだ。
富山から、輪島を経由して、福井に上がってきたのだが、蕎麦の環境は、明らかに違いがあった。
金沢から、武生にかけては、手打ちも盛んで、蕎麦の普及は、福井全体の施策にもなっていて、
越前蕎麦は、観光資源としても重要な位置付けになっている。
福井の蕎麦は、大野、美山、、武生、丸岡などその地域で栽培されている、約10種類くらい
地域毎に在来種がある。在来種とは、品種改良されていなくて、その地で純粋に品種を
守ってきたものである。全国でも、在来種がこれだけあるのは、福井だけである。
在来種は、それぞれ、香りや、味に特色があり、それぞれの蕎麦屋が、どの在来種を使うか
それによって、蕎麦屋自体の味の違いになっている。
この競い合いが、越前蕎麦を盛んにしてきた原動力ともなっている。
それと共に、蕎麦栽培も盛んになり、評価も上がるにつけ、
この2,3年東京を中心にして、全国からの引き合いが多くなっている。
銀一が向かっている店は、既に越前蕎麦屋として、本店、2支店を構えている。
武生と書いてたけふと呼ぶ。その市内の中心部に近いところに本店はある。
「よく来てくださいました。利賀村の泰次さんには、この店の開店で、大変お世話になりました。
今、こんなに店が繁盛してるのも、泰次さんのおかげなんです」高田 健吉が出迎えた。
「息子さんたちも、支店を出されているとか、大変なご繁盛ですね」
「何とか独り立ちしてます」
丁度、健吉は、3時の遅い昼食。試し蕎麦や夜のメニューの試食が職人の手で運ばれてきていた。
越前家は、昼も休みが無く、通しで営業するため、職人の交代などで、事務所も忙しい。
「どうですか・・」
健吉が、バーボンのロックを勧めてくれる。お昼は、ツーフィンガーで一杯飲むのが
習慣になっているらしい。健吉の机の棚には、ケンタッキーの蒸留所の名前の売れた
バーボンが、十数本整列していた。蕎麦屋の亭主が、バーボン好きというのも変っている。
屋号は、越前家、ここ本店は、健吉と、三男の光男が指揮を取っている。
本店が、全体の工場になっていて、自家製粉の機械打ちである。開店当初は、健吉は
職人と二人で、手打ち蕎麦営業だった。しかし、店の拡大や、支店の展開を見越して
機械メーカーと組んで、当時としては、精度の高い蕎麦打ち機を開発し、
以後、機械の改良を重ね、今では、完全自動で、本店と支店に供給して、なお生産に余裕がある。
越前蕎麦は、ぶっかけが基本で、いわゆる関東風の蕎麦とは、考え方が違う。
つゆ、辛味大根に負けない蕎麦の強さが命である。
弾力、こしの強さが、求められる。
ただ、支店は、1日、50食限定の手打ち蕎麦も出して、
本店との違いを出している。本店も、土、日曜だけ、手打ち9割そばを、60食出してはいる。
本格手打ちと、越前蕎麦の2本立てが、この2年の定番メニューである。
「銀一さんですか? 光男です」
三男が、元気良く、銀一に握手を求めてきた。
「銀一さんの話は、聞いてます」
光男は、銀一と同年齢の27歳、福井と石川の勢いのある蕎麦屋14店をネットワーク
している。龍蕎会、その幹事をしている。
会のネットワークから、輪島の銀の字の話などが伝わってきたのだろう。
会は、その大半が、手打ち蕎麦屋で、光男も修業時代は、手打ちを学んでいた。
東京の私立大学を卒業して、一時期大阪の大手広告会社に営業で2年勤めたが、
突然帰って来て、蕎麦屋をやりたいと言うので、3年ほど、東京の手打ち蕎麦屋で修業させたのだ。
長男、次男が支店を開店して、本店が手薄になった頃に、本店に戻したのである。
本店は、駐車スペースも10台あり、観光バスも乗り付けられる。
いかにも日本家屋の伝統的な造りで、どっしりした玄関をくぐると、客待ち部屋もあり、
そこから入り口はもう一つ中に入る。
店内には10テーブルがある。奥は、小上がりで、8人座れる座卓が4。満席で72人の
大きな蕎麦屋である。
蕎麦教室の施設もあり、週に一回は、観光客のための試し打ちも開催され、
蕎麦の小道具、手挽き石臼もいくつかあり、申し込めば
見学もできるようになっている。既に観光地化されていた。
そば畑も、100h所有しており、東京ドーム50個分ほどの面積だ。
製粉工場も買収して、蕎麦製粉所も経営している。これも、光男が父親を説得して始めた事業だ。
そのほか20数軒の農家とも契約を交わし、年度のばらつきがないよう、気を配っている。
光男が帰って来てから、瞬く間に、本店を中心とした、多角経営が始まった。蕎麦周りで、
効率的な事業は総て傘下に収め、ネットワークの強みを、生かしていた。
店内は従業員の声がはきはきと響いて、準備に余念が無い。
光男は、銀一を案内して、従業員達のオペレーションを説明していた。
「ファーストフードの良いところは、徹底的に取り入れました。オーダーも厨房に無線でいれます。
座席係り別も取り入れて、これで、月に7%あった、オーダーロスが2%までに減りました。
従業員もローテションにして、パート人員も、昨年の人件費・時間当たり15%減。
人件費は改革しなけりゃいけないことたくさんあるけど、これからです」
若いパートの女性がてきぱきと、椅子の汚れなど点検しながら、調味入れも補充している。
胸からは、注文入力と清算ができる小型カードを、ぶら下げている。
ワイヤレスの無線機を、耳と口元に装着している。
店内に3台の、ズームできる小型カメラが、天井の要所に設置され、厨房の主任調理場に
モニターで映し出されている。
コース料理の時間配分と、一般客の時間待ちを見るために主に使われている。
席について、注文の後に時間をセットして、タイムラグの無いようにしているのだ。
光男の効率計算のデータにも大事な役割をしている。また、従業員の応対もこれでチェック
している。
特にお客への対応は、目配りと自然体が基本である。目を見ること、自分の言葉で対応すること
がうるさく言われ、ある程度の自由度が許されていた。
特に、いつも自分で考えることを要求して、優れた提案、アイデアに対しては、報奨金を
出している。職人や、アルバイト、パートの区別なく、与えられた。
参加意識が出てくると、お店全体のことが見えてくるのだという。
「僕のような、小さな手打ち商売には、縁が無いかもしれないです」
「そんなこと無いです。銀一さんなんかに比べたら、子供だましです」
「これだけのお店をやっていくのは、並大抵じゃないでしょう」
「みんな、親父の作ったものです。僕は、細かなところに手を入れて、効率を上げてるだけです。
親父からは、蕎麦を打つより、マネジメントが向いてると言われてますが・・」
新しいシステムとマニュアル化はすべて光男が、作り上げた。学生時代にアルバイトで
ファーストフードの最先端のマニュアルテキストを学んだ。
ブランド戦略と、効率管理がうまく回転すれば、事業ができることを知った。
大阪の広告代理店で、マーケティングビジネスの基本を実践して来ていた。蕎麦屋を、
飲食業の中で位置づけた時に、越前家のブランド化が出来ないか、そう思って、急遽会社を
辞めて福井に帰って来たのである。
銀一に、光男が、FF、ファーストフードのストーリーを話し始めた。
「FFって、座席とカウンターに客が何人取り付くか、時間単位で計算するわけなんです。
それで売り上げを積算する。回転効率なんです。ブロイラーと同じです」
「鶏ですか?客は」
「そう、彼らにとっては、同じ餌を毎日食べるブロイラーなんだ。
その鶏を増やし続けるには、店舗を増やすしかないから、永遠に増やすしかない」
その拡大はピーク点で、破産か、縮小に向かい事業が終わると言う。
拡大途中で、必ず同型類似店も追い上げて来て、草も木も何もかも刈り取ってしまう。
日本の狭いマーケットの限界点を予め設定していないからだ。
吉野家、マック、主な寿司・弁当チェーン。その拡大路線が伸び切るまで走って、
真似をするように破綻している。この20数年、繰り返して来たことだ。
そして、今、都心の駅ビルや、繁華街の中心部を占有している居酒屋チェーンなどは、
まさにバブル期である。店頭公開株を放出した現金で、瞬く間に飲食エリアを埋め尽くしている。
店舗展開自体が目的になっているのだ。社会、地域に対する夢や、客を育てる考えが欠落して
展望を持っていないのだ。やがて行き詰まり、また収斂が始まる。
「客を見て打ってない蕎麦屋の蕎麦は、不味い。連中はそれをやってる」と光男。
・・同じようなこと言われたな。何を見て打ってるか?って・・利賀村の泰次だった。
FFの概念の反対軸に、蕎麦屋は、スローフードとしての概念がある。
食べる興味を消失させる、思考を萎えさせる、のがFFなら、食への探求、好奇心を膨らませるのが、
スローフードである。
「蕎麦は、日本人の食の文化を創っていくのに、最高のものなんだな」
光男の話を聞きながら、案内してくれた厨房を見た。
厨房は、工場のようなものだ。銀一がこれまでに育ってきた手打ち蕎麦屋の
ものとは、かけ離れていた。マクドナルドのオートマされたキッチンを想像してしまう。
洗浄のライン、料理のライン、蕎麦茹でのラインが、整理されていて、そのすべてが最新の
機械でまかなわれていた。FFの業務システムが、うまく取り入れられていた。
光男の能力は、蕎麦屋のものではなかった。
団体客40人を一挙に処理するには、こんな設備が必要なのか、と銀一は理解した。
光男はこれからどこに向かうのか?銀一と同じような道なのか、それとも違うところか、
銀一は、この男としばらく向き合いたい、と思った。
朝は、11時開店。これは、旅行団体客を受け入れるために、早めに開けるのである。
そのまま、夜9時まで、営業している。仕込み、人員を交代制にして、休み時間を取らずに
回転をして、年間25%の売り上げ増を図ったという。これも光男の改良策であった。
光男が、帰って来てから、本店、支店とも順調すぎるほどであった。
「光男が何かやってるでしょう」
オフィスから、押し殺したような、声が銀一と、光男のそばまで届いてきた。
「下の兄貴です。また、親父に文句を言いに来たのかな?」
銀一に、そっと光男がささやくように言う。
「親父は、光男に甘い・・。銀一とか言うのと、何か考えてるんじゃないか?」
今度は、はっきり聞こえてきた。光男と銀一が目を合わせた。
銀一の名前がその男の口から、出てきた。越前家一日目で、何か嫌なことに
巻き込まれていた。
第1回終わり
次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
団体も架空のものです。
2005.11.03
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