蕎麦ミステリー街道(3)・女の恋蕎麦 -4

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 蕎麦ミステリー街道(3) 女の恋蕎麦 第4回       作 夢八

 長い間の習性なのだろう、仕事が無くても6時には、目が覚めてしまう。
 携帯にメールが入っていた。銀一の友人の、横浜の蕎麦学校の教師からである。その友人も
 蕎麦屋の開業を目指して、この学校で、修業を兼ねて、そばを教えている。 
 趣味の蕎麦教室は沢山あるが、プロ養成学校は、関東では、横浜に一校、東京都内に 
 二校あるだけだ。20日程で蕎麦打ち技術から、蕎麦料理の習得、そして経営
 ノウハウ、などが学べる。しかし、それですぐ開業できるかと言えば、難しい。
 ある程度の実習や見習いを経なければ、お客を相手にお金を取れるまでには行かない。 
 ただこの10年ほど、脱サラでの成功例が数多く、都内でも流行の蕎麦屋を訪ねると、前職が
 サラリーマンという店主が驚くほど多いのだ。その成功パターンを見ると、ほとんどが、既成
 概念に縛られていない、自由な発想がある。
 それまでの蓄積された人生体験がいい具合に表現されたのだろう。
 銀一は、学校も出て、親元で見習いをしたのだが、
 まだ足りないと、親から10店の修業を命じられている。2店が終わり、
 3店目に向かう途中で、まだぐずぐずしているのだ。
 携帯には、中野 卓さん、見つからずと書いてあった。
 能登屋の息子さんが、もしかして、
 横浜の学校に?と探してもらったが、そこは、卒業していなかったようだ。
 今日は、能登屋に様子を見に行こう
 としていた。時間があるので、日光と思い車を走らせた。
 
 今市に戻ると、13時は過ぎていた。能登屋の車止めにしばらくいたのだが、
 客の来る気配が無い。目立つ事を覚悟で、能登屋に入った。
 店舗は、円形で、当時の蕎麦屋では、モダンな造りだ。全部が4人椅子席で、
 都合10テーブル。相当な客を見込んで作られたものだろう。最初の経営者は、かなりの投資を
 したに違いない。
 メニューを手伝いの女性が持ってきた。
 3色蕎麦があったので、それをオーダーした。
 厨房は、隠れているので、誰が入っているのかわからない。
 「ここは、女性の方が蕎麦を打たれていると、聞いて来たのですが」銀一が、訊ねると、フロアーの
 女性が、奥に引っ込んだ。
 白い職人服を着た女性が、にこやかに出てきた。
 「私が打っているのですが、主人も打っております」
 「それではご夫婦で」
 「もちろん、主人のほうがたくさん打ちますけど、今日の田舎は、私が打ちました」
 「僕も色んな蕎麦屋さんを、歩きましたが、ご夫婦揃って打たれるお店は初めてです」
 女の蕎麦打ちには、いくつかの壁がある。主に体力的なものだ。腕の力で言うと、一度に15人前
 位が、限度だろうか。また、長い間には、指先の故障がある。爪先が、かぶれたりすると、
 女としては、相当気になるのだ。それを乗り越えなければならないから、
 彼女も人に言えない辛い時期があったろうと、銀一は想像した。
 一枚目の蒸篭が出てきた。3色蕎麦は、一枚ずつ出てくるようだ。二枚目が紫蘇きり、3枚目が
 田舎。それぞれしっかりした蕎麦で、目も楽しませた。
 メニューを仔細に見た。3色蕎麦がメインで、蕎麦掻、だし巻きなど、蕎麦屋の定番メニューが
 並んでいた。
 「また寄らせていただきます」銀一が声を掛けた。
 厨房から、女亭主が顔を覗かせて挨拶に来た。ドアを開けてくれる手を見た。
 親指の爪辺りが、やや変色していた。その時、男亭主も厨房から声を掛けてきた。
 目当ての卓は、蕎麦屋の亭主らしい顔をしていた。挨拶もそこそこに銀一は表に出た。
 
 このロマンチック街道沿い1Km 圏内に、能登屋を入れて、4店舗の蕎麦屋が散在している。
 ここ10年で、鹿沼から、この今市にかけて、蕎麦屋が相当数開店し、しのぎを削っている。
 鹿沼あたりでは、地元産の蕎麦を食べさせる店もあって、東京からの客も多い。
 能登屋から300mほどの一番近い店舗に入った。そこは栃木でも評価の高い店である。
 自家製粉で、香りよい蕎麦を出すので、他県からも、車の訪問客が多い。席数は、
 6テーブル4人掛け、小上がりがあって、2座卓で12人、の計36。2時近く平日のせいか、
 やはり銀一ひとりだ。
 限定物の10割を食べる。やはり噂どおり、蕎麦の香りも、歯ごたえも良く、10割の砕き感は
 生かしながら、こしもある。
 お手伝いさんから、主人に、高見庵の銀一であることを伝えてもらった。
 「お父さんには、若い頃ずいぶんお世話になりました」野路庵の山口が、席についてくれた。
 「どうでしょうか?景気は」
 「案外、いいです」このところ、土曜、日曜、客が増えてきたそうである。客層も、従来の
 高年齢も増えてきたが、30代、40代が増えてきている。
 「手打ちの良さが理解されてきたんでしょうか?」と、銀一。
 「色んな情報が出てきて、広がりが出てきたね」
 これまでのテレビや、雑誌や本にも増して、最近は、ネットの影響力が大きいと言う。ネットは
 情報が早くて、横の広がりがあって、長期的な口コミ効果がある。また、客層を広げてきたのは、
 やはり蕎麦が美味しくなったことが大きいと言う。蕎麦の品種改良で、味にばらつきが無く
 なった。蕎麦の保存管理や、製粉技術の進歩も蕎麦の美味しさを増したのではないか。
 自家製粉の要の電動石臼の研究もされてきていた。
 「そうなると、本当に差がつきにくくなりますね」銀一も同感だった。
 「勉強しないと、置いていかれますね」
 「ところで、すぐ近くの、能登屋さん。どうでしょう?」銀一が本題に入った。
 「苦しまれてますね。そこそこうまくて、平均点は取れてるけど、特徴がどうか?
 それに奥に入りすぎている。行って来ました?」
  やはり、銀一と同じ見方をしていた。
 「えぇ、栃木の強い蕎麦屋さんとやっていくには、どうか?と思いました」
 「このままだと、前の店と同じようなことになるのかな。
  まあ、自分のことで精一杯で、人の事はとやかく言ってられませんが・・
  どうして、能登屋さんのことを?」
 「知り合いなんです」
 「不思議なこともあるね、一月前にも、かなり根掘り葉掘り、能登屋さんの事を聞きに来たな」
 「年配の、男の方ですか?」銀一は、やはり彦辰が調べに来た、と思った。
 「いや、女だよ、美人だったな・・、取材でもない感じだから変だったと思ってね」お礼にと、
 輪島塗りの薬味入れを使ってくださいと、四本も置いていったそうだ。
 それも、印象に残っていた。
 栄子に違いなかった。しかしなぜ?彦辰にも内緒のはずだ。
 彦辰への報告は、かなり難しい。銀一の一言が能登屋の今後を変えそうだ。
 だが、他に裏があるのだろうか?
 その、薬味入れが、小上がりの座卓と、入り口のテーブルにそれぞれ並んでいた。
 「かなりいいものなんで店で使わせてもらったけど」
 「同業者って、やっぱり様子は見に来ますよね」銀一が、何かに気づいたように訊ねた。
 「僕も、能登屋に行くように、能登屋もここに来るね、お互い知らない顔してるか、
 挨拶するかは、別にして」
 山口は、薬味入れを手に持って、裏を返した。見覚えのある能登屋の花押があった。
 「そうか・・」
 「どうしたの?」
 「いくらなんでも、自分の親のところの作品は、わかるな・・」独り言だった。
 銀一は、山口にお手伝いさんを呼んでもらった。
 「この、薬味入れのこと、どなたかに聞かれなかったですか?」
 「えぇ、お客さんに、聞かれました。たまにこられる方ですよね」
 「奥の能登屋のご主人だよ、多分」山口がお手伝いに言う。
 「私どもの主人が、旅の女の方から頂いた、と答えました。少しその女性の年恰好なども
  聞かれましたけど・・、いけなかったでしょうか?あの時、すぐに報告はしたんですけど」
 やはり、そうだった。栄子は、自分が来たことを、薬味入れを 
 通して卓に教えたかったのだ。
 でも、何の為に?つながりといえば、同じ高校を卒業しているだけだが・・。
 これは、銀一の手に負えない秘密が隠れているのではないかと、思い始めていた。

 
 
 第4回終わり 
 次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
 団体も架空のものです。
 
 2005.10.02

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