蕎麦ミステリー街道(3)・女の恋蕎麦 -3

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 蕎麦ミステリー街道(3) 女の恋蕎麦 第3回       作 夢八

  銀一は、輪島から、栃木に来ていた。栃木は、蕎麦屋の宝庫である。多種、多彩な蕎麦が、
 楽しめる。蕎麦の生産量は少ないが、蕎麦粉のブレンド技術、蕎麦打ちの技術に
 長けた店が多い。足利の一茶庵はその象徴で、創意工夫が、この地域の蕎麦文化の中心にある。
 おそらく、銀一が試そうとして
 いるありとあらゆる蕎麦が、これら先人達によって既に実験されているはずである。
 
 輪島での、能登屋の依頼を思い出していた。 
 「私の目になって、息子の蕎麦がどの程度のものか、見ていただきたいのです。
 実は、私の息子が栃木で、蕎麦屋を始めたんです」 
 彦辰は、自分の息子が開業した栃木の蕎麦屋に行ってもらいたいという。銀一の批評を、聞きたい
 のだ。45歳で突然手打ち蕎麦屋を始めた息子に、将来の不安を感じていた。
 「僕の報告は、どんな意味を持つのですか?」
 「もし、一流になれそうなら、それでよし、なれそうも無ければ、私の後を、継いで貰おう、
 そう思ってます」
 これは能登屋には切実な問題だった。多分、後妻の娘が、婿を取って継げるかも、
 不安なのだろう。この10年輪島塗の製品は一頃の
 不況を脱していた。今、後継者が帰ってくれば、また昔のような隆盛とまでは行かなくとも、
 他店に先駆けて進展を図れるのは、目に見えていた。
 蕎麦屋開業は、彦辰の単なる反対ではなく、輪島塗の将来に
 も関わりあう問題なのだ。伝統を受け継ぐと言うより、新しい漆の将来像を、担って欲しいとの
 願いなのだ。しかし、一流になれるか、なれないかを見極めるのは、雲を掴むような話だ。
 「私のような駆け出しにそんな大役は務められません」
 「いえ、漆を見る目も感心しました。宿から、銀一さんのお話もお聞きしました。蕎麦も
 大変な腕前なのでしょう。悩んでいる時に、偶然とはいえ、不思議なご縁と思いました」 
 「でも、僕の一言が、息子さんの人生を左右してしまうのは、恐れ多いです」
 「どうなんでしょう。蕎麦に命をかけるなら、銀一さんの言葉が
 どんな結果であっても、息子は蕎麦を捨てないでしょう。どうなるか、賭けのような
 ものかもしれません」
 「ますます、難しい仕事です。蕎麦を打つよりはるかに大変です」
 「能登屋の漆は、多分よそ様のところより、倍手がかかってるでしょう。漆の塗りだけでも
 4回重ねてありますし、気に入らなければ、6回塗ります。細工も新しい工夫を重ねてきました。
 それを、多分銀一さんが、見て取られたんしょう。
 蕎麦も同じように人の手が、たくさん働いてますもんね。
 輪島もいやなくらい手が掛かります。温度や、湿度にも気を配って、埃のひとつも立たせない
 よう気を配ります」
 物を作り、世に送り出すには、蕎麦も輪島も共通なものがあるのではないか、と主人が言う。
 「私には、蕎麦はわかりません。だから・・」
 「私は、未熟です。本当にできるかどうか」
 「あなたの目で見たものを、聞かせてくださればよいです。正直言って、蕎麦屋を続けるか、
 やめるか、二つの選択しかないのか、もっと違う道があるのかも、それで考えてみたいのです」
 「能登屋さん、漆もそうでしょうが、蕎麦も技術だけではないのです。むしろ、蕎麦を打つ以前の
 蕎麦を見る目、蕎麦に対する思い入れがむしろ、大事なんだと思います」
 「いや、ますます、あなたにお願いしたいです」彦辰は、目の前の盆を手に取った。
 「漆は、漆の木の樹液なんです。人間で言うと、血液です。生漆は、乾くと人間の固まった血と
 同じ色になります。私達は、命の元を扱っているんです」漆に一生かけ、功なり遂げた男が、
 修行中の銀一を頼っていた。
 「明日にでも、その漆の手作業、見せてもらえますか?」
 「お安い御用です。明日見てもらえればわかりますが、私は、息子にその仕事をして欲しい。
 だが、蕎麦に命をかけようというなら、その道もまたよしと思う」
 「僕は、蕎麦打ちですから良くわかりますが、息子さん、40歳過ぎから始められて並大抵の努力
 ではなかったと、思います」
 「そうだといいのですが」
 「難問ですね」
 「大変なお願いですが、銀一さんにすがるしかありません」
 銀一は、能登屋の主人の依頼を受けたのである。これも、修業のひとつか、途中からそんな気持ち
 になっていた。銀一は、辞退したが、路銀にと、大きなお金を預かった。

  しかし、その夜、妻の栄子が宿に訪ねてきた。料理屋を出したいと言う。しかも、銀一が行った
 蕎麦屋を密かに居抜きで買う準備をしていたのだ。彦辰は知らないのだろか?
 後妻が財産の確保と、生きる手立てを、考えているのか、複雑な流れになっていて、銀一の
 仕事は、大きな鍵になっていそうだ。
 杉林の奥まった、脱サラから開店したという蕎麦屋から、レンタカーを置いた、駐車スペースに
 戻ってきた。昼でも鬱蒼としているのだから夜は、化け物でも出るのではないかと恐れてしまう。
 新規開店にしては、構造や、木材が古い。第一あそこに蕎麦屋を開店するには、排水設備を通す
 配管工事だけで、500万近くかかるのではないか?不便すぎるところに作ったのはどうなのか?
 場所的に奇をてらいすぎている。相当な名店が引っ越して、客寄せするのなら理解できた。
 銀一は、名も無い店が成功するには、セオリーがあると考えていた。
 場所は、価格戦争に巻き込まれない場所。つまり、繁華街ではない。しかし、足の便は良い。
 これまでのスタンダードよりモダンな設計で新規客を呼ぶ。老舗に無い、蕎麦メニューを
 いくつか開発する。この考え方に、あとは立地の地域性を加味すればよいのだ。
 宿は、宇都宮に取っていた。その杉林から、宇都宮街道に入ってすぐ、目当ての餃子屋がある。
 本店は市内だが支店がこんなところまで進出していた。
 10時近くのせいもあって、客は銀一だけだ。
 餃子を2人前注文して、車だから、水で喉を潤す。メニューは餃子しかない。この手の店は都内
 だと亀戸餃子が有名だが、中味の考え方が違う。この系列の餃子は、肉汁スープが噛んだときに
 じわりと口いっぱいに広がる、この食感が命だ。いわば、包子のスープ感を大事にしてあるのだ。
 餃子と言うシンプルな前菜を、これだけ工夫した地域も無いだろう。ありとあらゆる、餃子の
 バリエーションが、楽しめる。中にはこれが餃子か?首をかしげたくなる店もある。
 餃子をつまみながら、食感とは?このところの銀一のテーマだった。
 二つの食材があって、とろりとしたものがメインなら、硬くて歯ごたえのあるものとを組み
 合わせれば、口中の満足度が高い。極端なものとの組み合わせが鉄則である。素材が多く
 ても、同じである。つまり、うまさのポイントは複雑化の段階的組み合わせだ。
 しかし、蕎麦は?単一素材だから舌の触感と、歯の砕き感しかない。こし、ねばり、とろみなどの
 ストレートな感覚しか伝わらないのだ。しかしここでも、複雑化がポイントで、ひとつの蕎麦
 に、こし、ねばり、とろみ、砕け、が全部あれば、美味しいと感じるのだ。その要素を、一筋の
 蕎麦でどう出すか、修業の終わりまでに掴まなければいけない。蕎麦の香りも風味もそれがあって
 のことだと思っていた。
 「明日、今市にまた行くんだけど、今日お昼、蕎麦食べ損なったんだけど、あのあたりだと
 どこがうまいんだろう」
 2枚目の皿に箸を伸ばしながら、銀一が、尋ねた。
 「あのあたりだと、2軒くらいいい蕎麦屋さんありますよ」
 店長らしい男が答えたが、出て欲しい名前が口に上らない。
 「最近開店した店で、能登屋というのを、友達から教わってきたのだけど、・・」
 その場所を銀一が説明した。
 「ああ、あそこね、蕎麦庄という1年前につぶれた店の後に入ったとこだね」
 居ぬきで、買ったのだろう。
 「評判はどうなの?」
 「お客さんの話だと、最初はそこそこだったけど、いまはどうかな?」
 「蕎麦、うまいの?」
 「いや、女の蕎麦打ちらしいから、評判になったんですよ」
 「おんな?・・」
 銀一の頭が混乱した。
 「それ、確かなんですか?亭主は女ですか?」
 店長の確信のある顔を見て、銀一は、能登屋の彦辰と栄子の顔を思い浮かべていた。


 第3回終わり 
 次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
 団体も架空のものです。
 

 2005.09.25

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