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蕎麦ミステリー街道(3)・女の恋蕎麦 -2

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 蕎麦ミステリー街道(3)
女の恋蕎麦 第2回       作 夢八

  その夜、彦辰の妻が、銀一の宿泊先を訪ねてきた。丁度、乾き物で、ビールを、飲んでいた。
 この日から、地元の料理を楽しみたいからと、朝を除いて、素泊まりにしてもらっていた。
 栄子は、主人からだといって、3段重箱を座卓の上に並べた。手づくりの、見事な
 馳走だ。1段は、前菜の野菜と肉、2段は、生の魚貝類、3段は、箸休めもの、素人の手とは
 思えなかった。
 早速、地酒を、2本ほど、調理場に頼んだ。
 「奥さんは、前に料理をされてました?」
 「以前は、料理屋の真似事を。でも田舎料理ですから」今日も、涼やかな和服である。
 「金沢で料理屋を?」富山で滞留したときに、足を伸ばして、金沢の、郷土料理を食べに
 行っていた。そば料理に、参考にしようと考えたのだ。金沢は、やや京都の影響は受けている
 のだが、海に近いせいもあり、独自の料理文化を作り上げている。前田100万石は、
 中央幕府への抵抗と、都への希求から、稀有な武家文化を発達させた。輝きのある地には、
 好奇心の渦が巻いている。人が流通し、人材が移り、
 情報が入り込んだ。新しいものを生まれ育てるのは、どの時代も上に立つ人間のビジョンだ。
 「銀一さんは、たいしたものですね、わかりましたか?」
 「いや、当てずっぽうです」
 鴨の黒胡椒焼き、スズキの煮蒸し、煮物も、金沢の料理に違いなかった。地物の魚も
 刺身で美しい飾り盛にしてあった。
 食べるほどに、お重の底に細工された文様が現れてきて楽しい。
 「これだけ作れるのですから、もったいないですね」
 「うれしいです」栄子が目を落とした。つい、酒を勧めたくなったが、考え直した。
 これだけ、大人の色気が漂う女性と、酒を酌み交わして、銀一は、平静さを保つ自信が
 無かった。
 「もう少し先に、余裕ができたら、お店を出したいなと、考えてはいるのですが、
 どうなるか」
 もともとは、輪島の生まれで、高校卒業して、金沢に行ったのだという。それが、金沢で
 どうした経緯で、小料理屋をしていたかは、不明だが、輪島に帰って同じ料理屋を営むのが、
 夢だったらしいのだ。
 「商売も大変ですからね・・、じぶ煮うまいですね」
 銀一は、この話題を避けようとしていた。財産問題に絡んできそうであった。今日、彦辰からの
 依頼も、栄子には微妙で、この件は、彼女が知っているのか、どうか・・?
 「お蕎麦屋さんは、いいご商売ですか?」
 「僕は、好きな商売です」
 「儲かりますか?」
 「手打ち蕎麦は蕎麦の数に限界がありますから、そんなに儲からないです。
 僕は、それでいいです。ビジネスのうまみを追いかけるなら、手打ちは、やらないです」
  「主人も、そんなところが、銀一さんを好きになったんでしょう」
 「それにしても、ビックリしました、余りにも年齢が・・」
 口から思わず出てしまった。
 「不思議でしょうね、傍から見ると」
 「失礼なこと聞いて」
 「いえ、私でも聞きたくなると思います。好きとか、嫌いとか、そんなところで、
 主人と一緒になったのではないんです」
 本当のことを言っている、と感じた。
 「財産目当てだと、言われました。そう取られても仕方ないんです」
 「もう皆さん、そうは思ってない、とお聞きしました」
 「来年娘が、大学なので、それだけが今楽しみなんです」
 「それで、ご商売ですか?」
 「つい長居をしてしまいました」
 栄子は、民宿を出た。
 何かを言いに来ていたのか。しかし意図はわからなかった。彦辰からの頼まれごとを聞き
 たかったのか?銀一は、宿の主人を呼んだ。

 「奥さんは、商売をやりたいのかな?」銀一は、主人に酒を勧めながら尋ねた。
 「そりゃ、元は、金沢で小料理やられてましたからね。能登屋さんが、口説きに口説いて、
 お店をたたませて、騙すように迎え入れたらしいから、未練はあるでしょう」
 「もしお店出したら、美人だし、お客さん入るでしょう」
 「でも、今のご商売があるし、もしやるにしても、中途半端な店は、能登屋さんの対面上
 できないだろうし、お金の算段もあるでしょう。これから、娘さんにお婿さんでも取らせて
 跡継ぎを探すのか、財産相続も絡んできて、大変でしょうな」
 今でこそ、遠方の息子さんが黙っていても、能登屋が亡くなることにでもなれば
 商売の相続、財産の分配で、ひと悶着は当然あるだろう、と主人が言う。
 「奥さんは、高校までこちらだそうで」
 「そうです、能登屋さんの息子さんと同じ高校でしょう。2年違いくらいだから、顔くらいは
 知っておられるでしょう」
 「それが、再婚相手とは、ね。前の奥さんはどうされたんですか?」
 「4年前にご病気でなくなられまして。その1年後、に再婚」
 「早すぎませんか?」
 「うるさい人たちに言わせると、奥さんがいらっしゃる前からのお付き合いでは・・と。
 ま、これは噂も噂で、何の根拠も無い話です」
 「息子さん、よく反対しなかったですね」
 「その辺のとこらは、親戚の方でも、おかしいと思われてるようで、
  よっぽど、親子で何かあったのではないかと・・」   
 4年前なら、彦辰は60代半ばであろう。不思議な再婚に、近隣の人たちも、首を傾げた。
 それほど唐突に見えたらしい。しかし、世の中に、そんなことは、ままあるだろう、と
 銀一は、能登屋の柔和な顔を思い出していた。
 
 銀一は、民宿を抜け出した。輪島で手打ち蕎麦屋を発見していた。久しぶりに、手打ちを
 食べたくなった。ある意味で蕎麦手繰り中毒なのだ。土地柄、10時には
 閉めてしまうだろう。店に入った時、もう9時を過ぎていたが、若い亭主はいやな顔も見せず、
 迎え入れた。
 「10時までですよね」
 「いやいいですよ、お客さん。ゆっくりしてください」
 冷酒を頼んで、肴も2品ほど頼んだ。
 小綺麗な、良いお店である。まだ、開店1年。東京の蕎麦屋で3年見習いに入ってたと言う。
 その蕎麦屋は、更科蕎麦系列の人気店で、新橋周辺を中心にして、支店が6店舗あり、支店は、
 機械打ちである。打ち場を店頭に設計してある店は、ショー的に、延しと、手切りを見せる。
 この10年で急成長している蕎麦屋である。本店は、手捏ねの3色蕎麦を売り物に、老舗の
 ひとつに数えられている。
 店を増やすとき、その都度名前を変え、メニューも立地で別立てにしてある。
 手打ちイメージ展開店としては、成功例の一つで、マーケティングがしっかりしている。
 機械の場合は、チエーン展開が可能である。小さな工場を作って、効率よく支店に配送すれば
 よいのである。
 「その店を、辞めて、改めて学校に入り直したんです。どうしても、手打ちで行きたかった」
 「それは立派ですね。なかなかできないです」
 偶然銀一と同じ横浜の蕎麦学校出身だった。銀一は修行旅で、利賀村から、氷見を経て、福井
 に向かう途中で、あと8店入ることを話した。
 能登屋での出来事や、その紹介で、民宿に滞留していることも告げた。
 蕎麦打ち同士は、10年来の友のように打ち解けた。
 「でも、儲からないです、せっかく故郷に帰って来て、手打ちで何とかやりたいと
 思ったんですが」誰かに聞いてもらいたかったのだろう。
 「これだけのお店だと、1000万は掛かったでしょう」
 「輪島は、手打ちはダメかもしれないです。客がいない」
 「まだ、1年でしょう。頑張らないと」
 暫くして、注文の蕎麦が出てきた。なかなかしっかりした二、八蕎麦だった。
 「国内産が手に入らなくて、仕入れもむつかしいですね」
 「実績を作れば、見直してくれますよ」
 毎月の赤字に耐え切れなくなっているのだろう。明日から客が降って湧く、そんな突然の幸運は、
 商売にはなかなか訪れないのだ。半年の赤字は、運転資金を枯渇させてしまう。
 商売の流れは、まず最初の2、3ヶ月は好調だ。以後2ヶ月は、売り上げが低下する。
 それから徐々に回復して、1年くらいからお客が増える。
 1年して、客が減ったままだと、何か大きな欠陥がある。店自体か、メニューか、味か、立地か、
 土地柄か。不入りの欠陥を、見つけて、訂正できなければ撤退がふさわしいのである。
 銀一も肝に銘じなければならなかった。だから、甘えることなく
 他を見て、お客の動きを感じていなければいけない。
 「この店を居抜きで売らないかと家主さんからあって、
 迷ってます。こんな店だけど、大切に使ってくれる人で無いと・・」
 「相手は同じ蕎麦屋さんかな?」
 「すぐ近くの人らしいです。家主のはなしですが」
 「お知り合いですか?」
 「どうも、話を総合するとその能登屋さんではないかと」
 「意外ですね?」銀一には、予想もしない話だった。
 「それがどうも家主さんの口ぶりだと、旦那ではないような・・・」
 となると、栄子さんが、蕎麦屋を始める?それとも、手を入れて料理屋にするのか。
 ご主人が知らないことは無いだろうと思うけど、それとも内密なのだろうか?
 夫婦で、何か違うこと考えているのか。深い根の部分に触れてきたような気がしてきた。
 蕎麦屋を挟んで、夫婦の思惑が、銀一に降り掛かっていた。
  
 

 第2回終わり 
 次回は、一週間後の予定。なお、この小説は作者のフィクションであり、登場人物、店舗、
 団体も架空のものです。
 2005.09.18
 

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