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さて、完全に徹夜して突貫工事の末、2004年の静岡ホビーショーに持ち込みました。この時点では、キャノピー未固定、アンテナ線無し、主脚出入り確認板、翼端灯がついていませんでした。
ヤクタンさんが撮影された画像をいただいたのでお借りしてアップさせていただきます。この仰角だと、短足に見えませんね。ドロップタンクの凹みを見て下さいね。
さて、静岡HSが終わって1ヶ月、6月の20日になってようやく完成。特急で脚を取り付けたので、タイヤを替えた以外に長さ調整ができず、結局A-3型と大差なし短足に終わってしまい、これだけは無念です。さらにキャノピーも絞られて開いた状態は、いくらピンバイスで穴をあけて金属線で留めようとしてもままならず、加工作業の爪痕を残して接着したため汚くなってしまいました。
下左:タミヤFw190A-4、右:A-8 下右:ドラゴン(トライマスター)Fw190A-5、右:タミヤFw190A-8 <参考資料>
☆ヴァルター・ダール大佐 Fw190A-8 JG300司令 PKが撮影しに来た時点(44年12月)の機体
- Focke Wulf Jagdflugzeug Fw190A Fw190"Dora" ta152H by Peter Rodeike( ISBN 3-923 457-44-8 通称赤本)P.286
- Sturmgruppen 1944(今はクローズしたサイトだが、ダールの項残存)
- Brincipais Aces(ブラジルの個人サイト、ダールの項)
- Eagle Editions j.Crandoll's 1/32 work(2004年夏に発売されるEagleCals #77を使ったクランドール氏自身の作例。ここで氏は、ダールのこの機体はラムイェーガー仕様のコクピット側面装甲版を後から外したと解釈し、ボルト穴に赤いパテをかっている。白黒写真だけでは無く、1992年に同部隊のパイロットで、この機体に搭乗したことのあるヴァルター・ルースへの取材も含めての考証なので信憑性は高いと思う。うーん、やられた!って感じ。またガンサイトマークの下地が水色かの確証はやはり無く、PKの撮影したフィルムも不明らしい。このマークがPK撮影時のみのものでは?という従来からの想像も踏襲している。
☆同 Fw190A-8 75機撃墜時点(44年9月)の機体 W.NR.170994
上記の機体と撮影時期は3ヶ月の差なのだが、機首方向からのアングルのみなので、同一機とも別機とも確証は無い。私は細部はこの機を参考にした(カウリング防弾リングのボルトのパッチが赤いタッチアップとか、機首右側にエンブレムが無いこと等)。
- Focke Wulf Jagdflugzeug Fw190A Fw190"Dora" ta152H by Peter Rodeike( ISBN 3-923 457-44-8 通称赤本)P.285(上の写真は青13ですが、縁なしでバルケンクロイツも位置が違うことを、トイフェルさんにご教示いただきました)
- フォッケウルフFw190その開発と戦歴 フラッペ/ローラン著 大日本絵画 P.369 2葉
- ドイツ本土防空戦1943〜14645 ヴェルナー・ヘルト著 大日本絵画 P.121 (その他、JG3司令時点で、44年7月のモリッツ大尉、ロム少尉とのシーン、青13機の写真.がP96)
☆その他 ダール関連
- Aces's of Luftwaffe by Petr Kacha(そのなかのダールの項)※128機の撃墜記録が掲載されている!
- IV./Jagdgeschwader 3 Chronik einer Jagdgruppe. by Jochen Prien, ISBN 3-923457-36-7, Struve Druck, 1996 (ただし私はこの本は所有していません。この本にはPK撮影時の写真が無いことを、トイフェルさんにご教示いただきました)
- ドイツ空軍エース列伝 野原茂著 モデルアート ※なお、この当時は、青(黒)13で機首にカバーのかかっているラムイェーガーはダール機とされてきたが、昨今は確証無し、とされている。
<この項 了>
