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●概要
エントリーナンバー 016(2002年9月42日) コース Aコース お名前 どんじさん スケール 1/72 機種名称 一式民間航空機 YSー1 使用キット 胴体はハセガワ旧金型の一式陸攻(伸ばしてます)
エンジン、垂直尾翼はバンダイYS-11
●架空開発史 1/失われた空
戦後の航空産業と航空網の自主再編は、新生日本の政財界の悲願となった。その速やかな再生に、ひとつの試みがあったことは忘れられて久しい。残されているのは、断片的なわずかな資料と、頓挫を強いられた計画の骨幹を成すはずだった機体の、小スケールモックアップのみであるという。
2/空中『線』ヘの転進
日本全土に広がる廃虚からの復興に、そして海外との積極的な平和交流のために、自主自律に基づく航空網の再編は急務であった。しかし連合国は知っていた。安定した政情と、技術の再流入は、再び日本人をして「ゼロ」を生み出すだろうと言うことを。従って、あらゆる手段は閉じられようとしていた。
ところがある種の試みが意外なところから空に伸びようとしていた。鉄道である。鉄路が、その路線を、空中へつなげるという試みである。
日本の再興に鉄道網の再整備は不可欠である。ところが島国日本はその鉄道網を完璧なものにしようとするなら、大規模なトンネルや鉄橋など、莫大な設備投資を必要とする。それは進駐軍、連合国にとっても負担となろう。そこで。
航路や高度に限定条件を課した航空路線、いや、国鉄の『空中路線』を開拓するのだ。
東京札幌空中線。八丈島空中線。大阪佐渡空中線。松山名古屋空中線。もちろん沖縄空中線も視野に入る。
旧航空関連各社と国鉄を巻き込んで、水面下で折衝と開発が開始された。空中『線』をめぐって、目に見えない空中『戦』がはじまったのだ。とりわけ計画の実現を賭すことになる主機材には、秘匿と奇策が付きまとっていた。3/空中列車 YSー1
この計画、もとより詭弁である。その詭弁を通すために、日本国有鉄道空中路線の機材として使われる航空機、もとい、『空中列車』には、様々な制約が課せられた。いや、その逆か。実に様々な機能を要求されたのだった。
開発は可能な限り短期間で成されるべきである、試作段階等での事故を避ける、就航後の稼働率を上げるなどは当然すぎることであり、進駐軍側が示唆するであろう、空港の不備に対するSTOL性や不整地対応力、鉄道料金で運営でき得る経済性など。
それらの折り合いを、設計陣はどうつけようとしたか。残されたモックアップから推察するしかないのだが、そのシルエットは実に雄弁だ。<平和の空を飛ぶ>日の丸の飛行機に込められた、設計者の魂をいまに伝えるかのように、語りかけて来るデザインがそこにある。
胴体と主翼は基本的に一式陸攻を踏襲しているように思われる。ただし胴体は延長され、後述する理由のため垂直尾翼は巨大化された。主翼も平面系などは一式陸攻に準ずるが、ターボプロップエンジンの搭載が予定された。これはやはり後述する事情を克服するのに福音となった。
※編注:往事のパステルによる完成予想レンダリング
この『空中列車』のコードネームはYSー1、仮称で一式民間航空機(書類上は一式民間空中列車)。その最大の特徴は、数少ない残された資料の中で度々『百足式』と称されていた降着装置だったと言えるだろう。
百足式はすなわち、<壮大な固定脚>への先祖帰りである。これは不整地での確実なランディングと、予想された過酷な連続稼動で最も危惧される脚回りへの不安を一掃する発想だった。両翼エンジンナセル下のタイヤはあくまで自転車の補助輪のようなものに過ぎなかった(ただしタキシング時のステアリング時には下降接地して方向転換軸となる)。不整地走破性能に優れ、過荷重に強い百足式降着装置装備機には、一方でアプローチ/ランディング時の左右へのブレに対する修正が困難であるというリスクを持つ。そこで離着陸時の直進安定性が必須であり、その解答が巨大な垂直尾翼となった。また百足式は、地上姿勢を極めて低いものとし、プロペラのロードクリアランス確保を求めるが、プロペラ軸を高く位置させるターボプロップエンジンのシルエットは、この問題のクリアに適していた。
一式民航(通称)には旅客タイプ(形式名クリ)と貨物タイプ(同じくクカ)があったと思われ、ある時期のモックアップ写真から推察すると、後者は巨大な素直尾翼のフィレットをヒンジとして後部胴体を跳ね上げる方式を採用したと考えられる。それらの折衷タイプを非常時救援機、否、臨時救援空中列車(形式名クリキ)とする計画もあったとされている。
別の資料には、着艦フックとカタパルトスプールを装備し、国内各地の空港、ではなく、『空中路線駅』の滑走路、ではなく、『ゼロ番ホーム』(『空中線ホーム』は0番から01、02...と呼称される計画だった)に航空母艦同然の着艦/離艦システムを準備して、駅の地形によってはカタパルト発進ならぬ『カタパルト発車』を常用するという構想も記されている。4/鉄路に消ゆ
これらの構想と開発は水面下で熱意を持って進められていたが、ある事件を契機に、プランはなし崩し的に放棄されて行った。その謀殺事件は鉄路の上で発覚した。未明に発見された轢死死体は、時の国鉄総裁だった。5/後日譚
今回発掘された資料は、アメリカ公文書館からもたらされたものである。ただしファイリングは『日本の新型幹線鉄道システムの調査/昭和39年』に属している。彼らは、自らが暗然とした実力を行使し、消し去ったはずの航空システムのことを、日本国有鉄道が渾身の力で放った『新幹線』(その名は0系、ゼロである!)の姿を見た時に、思い出さざるを得なかったのだろう。そして改めて、消去されたはずの航空システムと、新しい鉄道システムの関連性を探ろうとしたのだろう。それはある意味当然のことでもあったが、もはや彼らにも日本人にも、その真実について語られることはなかった。
付け加えるならば、21世紀になって、日本の新幹線が中国大陸へ進出することを聞いた時に、おそらく私たちよりも彼らの方が驚かなかったに違いない。なにしろそれは二つの意味で、ゼロの末裔なのだ。
●画像
●おわりに いつ頃からか感じていた、『新幹線=日本航空産業の分家の末裔』という直感を、昨今のドキュメンタリー番組などで確信。フェイクコンをいいことに妄想をカタチにしてみました。
胴体はハセガワ旧金型の一式陸攻(伸ばしてます)。
エンジン、垂直尾翼はバンダイYS-11。
びっくりしたのは、エンジンも垂直尾翼も、切り取ったラインそのままで一式陸攻にぴったりだったこと!!
これ、ほんとに基礎設計共有してるんじゃないのか?なんて思っちゃいました(笑)。
