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国立科学博物館の複座零式艦上戦闘機

 上野の国立科学博物館に所蔵・展示されている零戦21型改造複座機です。1998年からの科博改装前に見ていませんでしたので、2005年改装なった後、初めて見てきました。この零式艦上戦闘機は、1944年(昭和19年)に、ラバウルの第253航空隊に所属していた機体で、破損した二機分を合体して、機体番号53-12とし、一機の複座型に現地改造したものです。吉沢徳重(徳三説有り)上飛曹の操縦で1945年に敵に銃撃されて墜落しました。ラバウル北西110Kmのニューブリテン島ランパート岬沖約250m、水深8mの所に裏返しで沈んでいたもので、その後、1972年(昭和47年)に引き上げたものです。1974年に日本大学教授石松新太郎氏が1500万円で購入し、科博に寄贈し今日に至っています。
 改装前は写真を見るとカウリングも付いた通常の展示方法でしたが、改装後は新館2改「科学と技術の歩み」というフロアに展示されたせいか、カウリングを外されエンジンが見えるようになっています。また設置場所がフロアの一番奥で、それはそれで目玉展示というポジションなのでしょうが、雪隠詰めになっており、正面と右側面しか見ることが出来ません。飛行機マニアにはいささか厳しい展示方法です。(2005年6月19日見学、7月18日記事アップ)

 引き上げ直後のレストアについては、丸メカニック(1980年別冊1 全一冊決定版 零戦 など)に詳しいです。

1.全姿(このページ)

2.エンジン

3.プロペラとスピナー

4.主翼-1

5.主翼-2

6.脚

7.胴体

8.尾部

9.キャノピー


科博 複座零戦 全姿

下:天上から吊って、脚が片方地面に着くか着かないか、といった、傾いた状態で展示されています。後ろにキャットウォークが写っていますが職員用で一般人は使えません。従って上面やコクピット付近、右主翼、胴体右側は見えません。

復元は、当時調布飛行場にあったエアロテック社の社長小沢博勝氏が手がけたそうです。氏は戦前は陸軍の整備将校であったとのこと。全体的に傷みも少なく、また引き上げ状態を保っての展示というオーダーだったので、あまり追加新造はしていないそうです。

下:カウリングが外されているのは、科学技術の粋である栄エンジンを見せるためでしょうが、本来のフォルムや美しさが損なわれてしまい、残念ですね。

下:塗装はオリジナルではなく修復してあるはずです。オーストラリア側で被弾した弾痕(31箇所あったらしい)も修復してあったそうなので、塗装もその時点で塗り替えられたのか、日本側で修復した際に再塗装したのか、はたまた、80年代に再度塗装したのか、分かりません。上野に展示された当初(1975年くらいまでか?)はカウリングも黒でなく濃緑色になっていたようです。主翼や胴体が灰色でなく濃緑であったのは、それに触れた記事を目にしたことがないの、おそらく実践当時からだったのでしょう。脚収納庫内部の青竹色など、今でも大変きれいですが、はてさてこの塗料がどういう基準で選ばれ塗られたのかも不明です。ただし主翼上面と胴体の濃緑色は、2004年冬にに、科博の筑波倉庫から持ってくる際には再塗装していないためか、ずいぶん退色しています。

下:排気スリットから青竹色が覗いています。

・国立科学博物館HPの解説ページ(フロアマップの零戦シルエットをクリック)

・同じく科博 上のページのリンク先 詳細説明ページ

・同じく科博 ヤップ島野外調査で発見した零戦?の残骸

・拙サイト/資料集:河口湖自動車博物館 零戦21型