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遊就館のその他飛行機

 靖国神社の遊就館で展示されている兵器のうち飛行機関係のいくつかを。

 下:川崎五式戦1型のプロペラ。飛行18戦隊の平馬軍曹の墜落した機体のものだそうです。五式戦はイギリスのコスフォードにたった1機しか現存していないので、例えペラ(および加給機のインペラの一部)だけでも国内に有るのはすごいことです。飛行18戦隊は244戦隊や59戦隊より先に五式戦に改編し、柏で二式単戦の47戦隊と同居、帝都防空に活躍しましたが、戦前でも特攻をしていないためか宣伝記事が少なく、戦後も実機写真が世界の傑作機などにも公表されていないため、五式戦部隊としての印象が薄いです。世傑には第18戦隊第3中隊長、角田大尉のインタビュー(航空ファン1974年8月号の転載)が載っていますが、平馬軍曹の被撃墜にも触れています。かん燈社の「日本陸軍戦闘機隊」によれば、昭和20年4月7日の迎撃戦に供給されたばかりの五式戦で部隊総出で出撃したが、硫黄島からのP-51が初めてB-29に随伴してきており、平馬康雄軍曹(少飛9期)もB-29攻撃のあと恐らくはP-51に撃墜され、越谷の水田に墜落したそうです。戦死前戦果については不明。昭和47年2月に遺族の捜索により機体が発見され発掘に至ったそうです。遊就館の解説には、飛行第5戦隊 馬場保英大尉の39番機の写真を、第18戦隊の平馬曹長機と解説してありますが、全くの間違い。18戦隊の五式戦は印刷物になった写真がほどんど無く、手近で入手できる5戦隊の写真を誤用したのでしょうか。戦史解説についてはここは信頼性が薄いです。

 残念ながら先端が破損しており特徴的なしゃもじ型ブレードははっきり判別できません。根本はハセガワの1/48プラモデルとは違い段差がなく、ネジ切り部に連続しています。

 なお、このコーナーには、その他に陸軍審査部の来栖大尉(母親が英国人のため見た目外人にそっくりだった)の記録が掲示してありますが、間違いがあります。来栖大尉は地上滑走中の僚機、飛燕のプロペラに接触して首が寸断されるという事故による死亡でして、記載されている迎撃戦による戦死ではありません。渡辺洋二氏や秦郁彦氏の著書をご参照ください。

 下:人間爆弾桜花11型。戦後関係者が作成したレプリカです。現在は天上から吊って展示。レプリカは入間基地の修武館にも有りますね。その昔、疾風が入間基地に来たときに見たきりですが。

遊就館の零戦はこちら。

遊就館の彗星はこちら。

2006年5月