
オスプレイ軍用機シリーズはもはや新刊の和訳が絶望的と思っていたのにジョン・ウィールのLuftwaffe Sturmgruppenが発売され嬉しい限りである。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4499229162/sr=1-1/qid=1155666562/ref=sr_1_1/503-0456491-8929509?ie=UTF8&s=books
最初「ドイツ空軍強襲飛行隊」という書名に違和感を覚えたのであるが、それは読み進めていくうちに訳者手島尚氏の深慮にもとづく「新訳」であることが分かってくる。
すなわち従来和訳に当てられていた「突撃飛行隊」は「RammJager」に相当する言葉であって、どうもこの言葉は戦後1960年にワルター・ダール中佐が発売した著作のタイトルが「RammJager」すなわち「突撃戦闘機隊」から来ているようなのである。著者ウィールはこの書名自体が誤りだったと喝破している。Sturmは突撃も有りえるが基本は機関砲での肉薄攻撃であり、Rammにはどうも「特攻」のニュアンスが含まれてしまうのを、慎重に分別したかったようである。
戦時中ダール中佐はプロバガンダの一環でSturmgruppenの成功したリーダーとして祭り上げられたようだが、実際のところ生みの親がコルナツキ中佐であり、実質的に運用を忍耐強く成功させたのはモリッツ大尉だった。戦中・戦後ともダール中佐のほうが有名になってしまい、同時に「RammJager」すなわち「突撃戦闘機隊」の言葉が独り歩きしてしまったのであるが、ドイツ空軍が正式に認めていた戦術および部隊名称はあくまでも「Sturmgruppen」なのである。この点を訳者手島氏も充分理解し、日本人読者にも従来の書物の間違いやあいまいさとはっきり区別できるように、あえて馴染みの無い(しかし、いささかヤーボなどと混同しやすい危険性を孕んでいるので最良の訳語とは言えないのが残念である)「強襲飛行隊」という新しい訳語を充てたのである。ジョン・ウィールのカラー側面図はいまだに下手くそなままであるが、内容的には最近のルフトヴァッフェ関係の書物の中では注目に値すると思う。
なお、たくさんスナップ写真が残っているダール中佐とモリッツ少尉のミーティングであるが、あれらはどうやらみなPKのやらせであったようである。飛行場(JG3の方)でのスナップもおそらくは一連のものであろう。ダール中佐が親分肌よろしく派手なポーズをとっていて、モリッツ中尉やオスカー・ロム少尉が敬虔に聞き入っているように見えるのは、どうやらPKの演出らしいのである。
また、いままでダール自身とIV/JG3、JG300司令転出の関係がいまひとつ分からなかったのだが、モリッツがIV(Sturm)/JG3を指揮し始めた44年4月時点から、JG3を転出しJG300の司令に出世する44年7月まで、ダールはlll/JG3の指揮官であり、モリッツの上司ではないし、Sturm戦術を実践していたのでも無かった。たまさか転出直後のJG300指揮下にモリッツのIV(Sturm)/JG3が作戦上配下になり、しかも7/7のオシャースレーベンの迎撃戦がゲッベルスに注目され脚光を浴びたのがうまく重なったことが明記されて整理ができた。
ダール中佐はガランドやトラウトロフト、シュタインホフなど名エクスペルテの人脈にもつながらないし、さりとて戦闘機エースのくせに爆撃機貴族連中に擦り寄って、ガランドの後釜の戦闘機総の地位を確保したのでも無さそうなので、どういう生き方をしていたのか不思議であったが、どうもこの本の内容や、カチュマレクの記事http://members.aol.com/kaczmarek190/sturmpiloten.htmを読むと、戦後も極右的活動者でこれまたナチ信望者だったハンス・ルーデル大佐の葬式にナチ式敬礼をして不興を買ったとあるので、戦時中からナチ党に擦り寄って出世したという可能性が高そうである。またドカビア本の著者ジャン=イブ・ローランはダールの128機撃墜という線かも疑っているようである。ここらへんの情報が今回のウィールの著作にも顕れたのであろう。まあ本人は1980年代に70歳になる前に亡くなっているのでいまさらどうの、ではないが、2006年8月15日に左翼のノ-ベル賞作家ギュンター・グラスがSS(ナチ親衛隊)に居たなど、いまさら告白したり、日本では小泉首相が終戦記念日に靖国参拝を決行したり、第二次大戦は風化しつつあるとはいえ、まだまだ忘れられないことではある。
上:降下猟兵さん作:ヴァルター・ダール&拙作ダールの乗機FwA-8
中年受験生様、この駄文にレスがつき嬉しい限りです。ルフトヴァッフェ・ファンのモデラー諸氏が誰も触れてくれなかったの(たぶん機体でなく戦術の話だからと思います)で、なおさらです。
さてすべてご指摘の通りです。私は、ジョン・ウィールの意図も訳者手島氏の意図も不明ながら、「Ramm」という独語に、ウィールが「特攻」に近いニュアンスを含んでおり、それを察知した手島氏が意訳?したのではないか、と疑っておりました。最終章で、ハヨ・ヘルマンのエルベ特別隊(ダールの組織ではなく、こちらこそ特攻部隊と言われてきましたね)にも触れていますが、従来の書籍だと、「唾棄すべき秘密部隊」的ニュアンス(日本でいえば石井部隊の細菌戦のごとく、禁忌にされていたような感覚か?)で語られてきましたが、本書では意外にフラットな扱いですね。
Sturmはやはり和訳ですと突撃のほうがしっくりきますね。私は和訳に拘泥したつもりでなく。{Ramm」の語感が手島氏の「体当たり」に近いということに注目したかったのですが、言葉足らずでした。「強襲」はしかし、手島氏が「最後のドイツ空軍」ですでに使われていたのでしたか。あの本、資料としては使えますが読み物としてはすごく退屈なので、本棚の奥に消えております(^。^)
手島氏が前にその訳語を使っているのなら、今回もご自分で規定しているワーディングに忠実だっただけで、深い意図は無かったのかもしれませんね。ご本人を存じているわけではないですが、一度お聞きしてみたいものです。投稿 がらんどう | 2006/09/02 22:43:02
※この記事はブログより転載しました。
2006.12.25
<追記>
おひさしぶりです。僭越ながら『ドイツ空軍強襲飛行隊』について、強襲の部分を主に感想を述べさせていただきます。
まず純粋に理論的に述べると、”sturm”の訳については、独和辞典を見ると「強襲」も「突撃」ありますので、どちらも間違いではないのでしょう(辞書が必ず正しいというわけではありませんが)。
次に感情的に述べますと、「突撃」の方が習慣的にしっくりする気がします。一連の訳書(岡部いさく訳『ドイツ空軍の終焉』、小野義矩訳『フォッケウルフFw190 その開発と戦歴』、土屋哲朗、光藤亘訳『ドイツ最強戦闘機フォッケウルフFw 190』)をみると「突撃飛行隊」となっています(ちなみにがらんどうさんは「新しい訳語」としていますが、1993年手島氏訳『最後のドイツ空軍』では「強襲」となってます)。多数決で正誤が定まるわけではありませんが、習慣的には『突撃飛行隊』が多用されているようです。
また、がらんどうさんは、突撃戦闘機隊に相当するのがRammjaegerだとおっしゃっていますが、手島氏は本書の中で「体当たり飛行隊」に「ラムイェーガー」とルビをふっています。さらにがらんどうさんの文章を読むと、突撃に「体当たり(特攻)」の意味を感じていらっしゃるようですが、いかがなものでしょうか。
突撃砲も突撃銃もまたナチ突撃隊も、体当たり攻撃が主戦法ではないと思います。日本陸軍軍人が昭和16年にドイツ陸軍に関して書いた文章で、突撃砲、突撃砲兵車と出てくるものを見たことがあります。これはSturmgeschuetzに対する訳語でしょうし、「体当たり戦法」という観念を含んではいないでしょう。
やはり航空史および航空書誌の泰斗であり、翻訳のプロでもある手島氏に、Sturmをどうしてここでは強襲と訳すのか、本書の中にひとこと説明を入れていただければ、胸のつかえが取れた気がします。また大日本絵画の編集者も気付かなかったのでしょうか。突撃砲が題名に入った本をいくつか出版していますが、今後はV号強襲砲とでもするつもりなのでしょうか。
>ジョン・ウィールのカラー側面図はいまだに下手くそなまま
全く同感です。エアカムのWarrd氏と親戚ではないかと思います。巻末の著者紹介に「側面図アーティストとして著名」とあるのを見て爆笑しました。
投稿 中年受験生 | 2006/09/02 12:27:26