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1/72 アラド Ar E..2320 |
| 1 .架空開発前史 |
アラド社の試作ジェット輸送機。従来知られていなかった計画機だが、2007年になってe-Bayに試作機と思われる写真がアップされて初めてその存在が明らかになった。 2007.01.06
そもそもアラド社はAr232という双発輸送機をRLMから受注、1940年初頭に開発を開始、BMW801エンジンを装備したV-1は1941年初めに完成した。最大貨物搭載量は4500kg、車両で言えばキューベルワーゲンが2台程度で、さほど大きなものではない。Ar232やゴータGo244、ユンカースJu290もそうだが、ドイツは輸送機の荷物の積み下ろしに「胴体後部ランプ」という発明を施した。Ar232がそれ以上にユニークだったのは、、主翼と地上のクリアランスを取るための離着陸用主脚・首脚とは別にランプの位置を下げるため、胴体下部に小型タイヤを11組(後に10組)装備し、荷物の積み下ろし時点では胴体高を下げる工夫をしたことである。しかしAr232は装備予定のエンジンがBMW801であったことがあだとなり(同じBMW801を搭載したFw190が想定外で主要戦闘機になってしまったため)、エンジン換装を余儀なくされ(結局、1200HPのブラモ323R-2空冷エンジン4基となった)、完成が遅れてしまった。1943年末になってやっとB型が実戦配備可能となったが、20機程度生産の後、量産は見送られてしまった。ユンカースの大型輸送機Ju252やJu352、Ju290のほうが重視されたためであろう。なお本機はヤスデ(タウゼントフェスラー)というあだ名を付けられたそうである。

一方アラド社はジェットエンジン装備の偵察機アラドAr234も受注していた。この機体は途中から小型戦術爆撃機に変身していき、エンジンの遅れで1943年6月に初飛行に漕ぎ着けた。この後1945年5月の敗戦までAr234の開発は続けられ、アラド社はジェットエンジン装備機のノウハウを実務を通して吸収していった。この過程でAr234R=ロケットエンジン(推力15004kgのワルター503A)、Ar234V16=BMW003TLRというロケットを組み合わせた複合ターボジェット装備機が生まれた。

| 2.架空開発史 |
さてAr2320であるが、この機体がRLM(ドイツ空軍省)から正式発注がなされた計画がどうかを示す文書の類は発見されていない。そもそも数多いLUFT’46もの、すなわち大戦中には試作機が出来なかった各種ジェットその他動力の計画機は、戦後米英ソが押収した各社のメモペーパーやスケッチレベルのものが、その存在の証拠品のほとんどである。そのうち社内呼称が付記されているものだけがかろうじて後年にもその存在が伝えられただけである。Ar2320に関しては、アラド社内の図面やスケッチが残っておらず、また公表された写真についても、戦後長い間ドイツ機研究家もだまされてきたヘンシェルHS132ジェット急降下爆撃機の唯一の写真が、実は組立途中の機体にエアブラシで修正した完成想像図だった例から想定して、Ar2320のそれも想像図の可能性が大きいと思われる。

しかもジェット機や大戦末期の計画機については、守勢に廻ったドイツのこと、当然ながら迎撃戦闘機が最も重視され、つぎにヒトラーの好きな攻撃の槍である戦術爆撃機の開発が優先順位の上位となり、輸送機などは既に試験飛行の終わったレシプロの試作機ですら、資材確保のため量産中止にされていた。
ただし数少ない例外がゴータ社のGo345で、グライダー式輸送機であったが1944年にRLMへ計画を提出、採用されている。エンジンはV-1号と同じアルグスAs014パルスジェットエンジンであった。しかし1944年中に原型完成したものの量産は許可されなかった。
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さて、下の写真が2007年になってe-BayにアップされたArE.2320の試作機と思われる写真。驚くことにAr232をさらに進化させ、胴体ローディング・ランプ式ではなく、カーゴそのものを別ユニット化している。そのため離着陸用の脚とカーゴのトーイング用むかで式車輪(これはAr232を踏襲)、そしてさらにカーゴ脱着時用にロッド式の車輪なし脚柱が4本装備されている。ドイツの先進施術は戦後、主としてアメリカとソ連に奪取されたが、数は少ないものの英国も技術資料を持ち帰っている。特にアラド社の資料に関しては、Ar234で計画された三日月翼が、戦後の英国ジェット爆撃機トリオのビクターにまんま応用されていった(ガセとの見解もあるが)。推測の域を出ないが、ArE.2320については英軍では輸送機については吸収すべき点が無いと判断、民間に資料が流出し、1960年代のとある有名なSFテレビ映画にアイデアが流用されたのではないだろうか。そう、サンダーバードである。主翼下のエンジンポッドなどに古さを感じるものの、胴体や機首部のデザインなどTB2号にそっくりだと思う。

閑話休題、主翼はどうやらアラドAr234から流用したらしく、主翼下部エンジンもユンカースJumo004Bのようである(1)。また過重量積載時の離陸補助RATO(2)も234と同じレイアウト。ただしこれらのエンジンとロケットはメインではなく、右端が切れているが後部のノズルが、オイゲン・ゼンガーが主として開発していたロラン・ラムジェット・エンジン(3)。メッサーシュミットMe262の計画機やタンクTa283で装備が予定されたエンジンである。双垂直尾翼の間にサンドイッチされてているものは何らかの動力源と思われるが不明(4)。固形燃料のロケットを束にしたか、あるいはパルジェット・エンジンを束にしたものと想像される。ラムジェットは高空でスピードが出ないと点火できないため、補助として通常のターボジェットが主翼に装備されたのだろう。こういった複合動力装備について、アラド社は Ar E.555でもさんざん悩んでいる。
ArE.2320もAr232同様かなり小型の輸送機で、全長・全幅ともに20m弱である。積載重量はやはり5トン程度であり、Ju90の6トンにも及ばない。敗戦が確実になっていた時期にこのような機体の研究開発を行っていたのは、アラド社の技術陣も他の多くのドイツ航空機設計者たちと同様、戦争の道具をデザインするつもりが全く無く技術オリエンテッドな発想に没頭していたせいであろうか。あるいは制空権の無くなった1945年あるいは1946年において、ドイツ国内の貴重な資源、それはナチ高官そのものかもしれないし、プロイセン伝統の芸術品や略奪した美術品、あるいは様々な先進的技術かもしれないし、それらをドイツの空を通過して他国へ退避させようと思えば、ジェット輸送機しか有り得なかったからかもいしれない。いずれにせよ、戦後英国のSFテレビにしか影響を及ぼさなかったであろう幻の翼は、今後とも歴史の闇に眠ったままであることは間違いない。

| 3.制作記 |
2006年〜2007年の年越しモデリングの題材に選びました。ベースキットのサンダーバード2号はもらい物、アオシマで発売してますが多分今井科学のキットにメタル製主脚を新たにセットしたのだと思われます。レベルの1/72アラドAr234は多分もとがリンドバーグ。随分前からのストックですが、BMw003エンジンの4発機型用ポッドは昔のお遊びで既に流用済み。今回は主翼とJumo004延引ポッド、ワルターロケット、首脚を流用したので、もはや用済みの胴体とV-1号しか残っていません。アカデミーの1/72テンペストを買ってきて残りのV-1号は成仏させましょう。機体はTB2の前進翼をもいで代わりにアラドの主翼をむりやり接合、首脚と主脚を移植、カーゴには付属車両のタイヤをムカデ上に付けました。以上終わり。デカールもレベルのもを使っています。レターは透けて使えませんでしたが、バルケンクロイツは充分使えました。1/350となっているサンダバをむりやり1/72と言い張るには、キャノピーを大きくするなどの改造が必要と思いますが、年越しモデリングという短期決戦なのでパス。











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